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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
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ニヴルヘイムの戦士

 ある日、世界は太陽を失った。

 地上にある全てのものは氷に覆われ、熱も光も奪い去り、夜だけの世界になった。

 闇からは得体の知れない生き物が生まれ、人々はそれを魔物と呼んだ。魔物は光を恐れ、空に月が昇ると月の光に照らされその身は滅んだ。

 だが月が沈むと容赦無く人々を襲い、その血肉を喰らう。


 太陽を失った大地に、絶えず光を放つ場所があった。

 氷の国、ニヴルヘイム。

 全ての物が氷で覆われたこの国は、昼夜問わず国の至るところで火を焚いている。それは闇の中から生まれる魔物達から身を守る数少ない手段なのだ。

 魔物は光に弱い。光に当たると、魔物はたちまち力を失い、その生命を維持出来なくなる。

 だが光が作る影の中で奴らは虎視眈々と人間を襲う隙をうかがっている。


「だ、駄目だ……今日は数が多すぎる!食われるのは時間の問題だ!」

「月が昇るまであと三十分だ!それまで持ち堪えろ!」


 迫り来る魔物の牙を男が剣で受け止める。もう一人の男が剣に食らい付く魔物の急所に狙いを定め、矢を放った。ギョロリとした目玉を貫かれ、魔物は苦しみ悶えるとたちまちその姿は消滅した。

 だがそれで終わりではなかった。

 男達の周りはあと四体の魔物に囲まれていた。しかも三メートルを越えるものが二体。

 持ち堪えろと言ったものの、数分でさえも生き延びるのは絶望的だろうと簡単に予想できた。

 

 彼らはエインエヤルと呼ばれる、狂暴な魔物から人々を守る為に国が結成した戦闘集団の一員である。

 魔物はその身が滅びようとも、光を発する場所へ集まってくる。光がある場所には人間がいると知っているからだ。

 魔物は砂糖に群がる蟻の様に人間を襲う。少しでも明かりを絶やせば魔物達はニヴルヘイムに群がって来るだろう。

 エインエヤルは月が沈んだ間はニヴルヘイムの外で、魔物の侵入を防いでいた。

 

 月が空に昇るまであと三十分。しかし魔物に囲まれたエインエヤルには長過ぎる時間だった。

 

「グオオオオオオオオオオッッ!!」


 魔物が雄叫びを上げて、一斉にエインエヤルへ飛び掛かろうとした。


ドカアアアアッッ


 突然、エインエヤルの目の前に迫っていた魔物の巨体が吹き飛んだ。気付けば周りを取り囲んでいたはずの魔物達の姿は消え、辺りを砂埃が舞い上がっている。

 エインエヤルは唖然としてその光景を見ていた。

 さっきまで自分達を殺そうと襲い掛かろうとしていた魔物達は一体どこへ消えてしまったのか。

 砂埃が収まると、辺りの様子がやっとわかる。

 四体いた魔物は全て地面に倒れ、既に死骸と化していた。その内の三メートルを超える一体に赤い柄の槍が突き刺さっていた。

 そして目の前から吹き飛んだもう一体の三メートル超えの魔物は、他の二体の上に折り重なる様にして息絶えていた。下敷きになった二体の魔物も既に絶命している。

 どうやら二体は吹き飛んだ魔物にぶつかり、更に押し潰されて死んだ模様だ。吹き飛んだ魔物もかなりの衝撃を受けたようだ。

 その死骸の上に小さな影があるのにエインエヤル達は気付いた。

 それは可愛らしい少女の姿をしていた。二つに結った絹糸を思わせる美しい銀色の長い髪、ややつり上がり気味の大きな瞳と桜色に染まる小さな唇。この過酷な戦場に似つかわしくない程、整った顔立ちの少女はエインエヤルと似た服装をしていた。

 違うのは深緑の制服を着ている彼らとは違い、少女はエインエヤル達と同じ作りの黒い服を着ている。黒の中に白い線が入ったその服は暗闇に浮かぶ月を思わせた。


「た、助かった……」


 声を出すのも忘れていたかのように茫然としていたエインエヤルだったが、魔物の死骸の上に現れた少女の姿にポツリとそう呟く。隣でもう一人のエインエヤルが青い顔で喉を鳴らし、息を飲んだ。


「レギンレイヴのスクルド・ノルン……鋼拳の狂戦士の二つ名は伊達じゃないな……俺達とは格が違う」


 少女は全身を魔物の血で染め上げていた。輝く様な銀髪は赤い血によって本来の色を失い、白い肌にも血飛沫となって張り付いている。普通にしていれば見とれてしまう程の可憐で儚そうな少女なのだが、今は目を合わせるのもはばかれる程に凄惨な姿だ。

 少女の右手からは鮮血が滴り落ちている。それは少女が流しているものではない。少女の足下で死骸と化した魔物の血だ。

 金剛石を含ませて作られたグローブを両手にはめた少女がその拳でこの魔物を殴り飛ばしたのだ。


 彼女の名はスクルド・ノルン。彼女もまたエインエヤルの一人だ。

 エインエヤルの中でも最高の戦闘力を誇る精鋭部隊『レギンレイヴ』に所属している。

 その華奢な細腕からは想像出来ない程の腕力と、硬質化するグローブの破壊力は大の男が束になっても敵わないとエインエヤル達の中では周知されている。

 ――鋼拳の狂戦士。エインエヤル達の間で、スクルドは密かにそう呼ばれている。


「相変わらず派手にやってるな!スクルド」


 どこからか場違いな程に明るい声が聞こえ、死んだ魔物の上に何者かが降り立つ。そして魔物に突き刺さっていた槍を引き抜いた。


「フリスト!あんたあたしの獲物を横取りしたでしょ!」

「おいおい、横取りとか言ってる場合じゃねえだろ!つうか先輩をあんたとか呼ぶなっ!」


 スクルドにフリストと呼ばれた青年も同じように黒に白い線が入った制服を着ている。彼もまたレギンレイヴの一人だ。


「おーい、あんた達大丈夫か?」


 突然フリストに魔物の死骸の上から声を掛けられ、唖然として見ていたエインエヤルが慌ててそれに答える。


「は、はい!」

「次は囲まれんなよ!」


 そう言ってフリストは魔物の死骸から飛び降りた。それに続いてスクルドも魔物から飛び降りていく。


「!?これは……」

「……これ程の数の魔物をたった二人で相手にしたのか?」


 二人が立ち去った後で、二人のエインエヤルは自分達が残された周囲の様子に驚愕する事になった。

 周りには自分達を襲った魔物達だけではなく、他にも息絶えた魔物の死骸が至るところに散乱していた。

 その数はエインエヤル達だけでは到底倒せない程だ。エインエヤル達は改めてレギンレイヴの戦闘力の高さを思い知ったのだった。


 



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