ペンギンと定期券
SF(すこし不思議)な物語です。
「お前バスの定期券だから街中移動できないだろ。一緒には遊べないよ」
「やーい田舎者ー」
学校からの帰り道で、こうやってバカにされるのには慣れている。友達に言われているとおり、うちは田舎の田んぼの中にある一軒家だ。距離が遠いから通学にはバスを使っている。それはつまり、街中を縦横無尽に移動できる自転車を、僕は持っていないという意味だ。
いくら友達と一緒に遊びたくても、みんなの自転車に走って追いつくことはできない。僕は田舎に生まれたんだから、できないものはできない。しょうがないんだ。
そう思っても、やはり涙がこみ上げてくる時はある。僕はハンカチで涙を拭くと、いつものようにバスに乗り込んだ。そのとき、行き先を確認し忘れた。
後部座席でしばらくうとうとして、ふとアナウンスが聞こえる。
「次はー、水族館前ー、水族館前ー」
水族館前? 乗っている人は誰もいない。僕は自分がバスを乗り間違えたことに気付いて、咄嗟にそのバス停で降りる。
僕は一体どこまで来てしまったのだろう? そもそも、水族館行きのバスなんてあっただろうか? もう夕方になってしまっていたので、僕は迎えに来てもらおうと、家に電話する。圏外。通じない。
しょうがない。水族館に入って中の人に電話を貸してもらおう。そう思って、水族館の入り口に行くと、学生無料と書いてある。ありがたい。自動ドアをくぐり、中に入る。しかし人がいる気配が無い。無人である。
「休みなのかな? でも自動ドアは開いたし……」
「どうした? 小僧」
「うわっ! びっくりした。急に話しかけないでくださいよ」
声に向き直ると、そこには黒と白のコントラストが映えるペンギンが一羽いた。
ペンギンが喋ったのか? 僕は呆然とする。
「なんだ? ペンギンが喋るのが不満か? いまどき、言語を操れるのが霊長類だけだとでも思っているのか? 実にけしからん……」
「ご、ごめんなさい。でも僕そういうの見たこと無くて」
「ペンギンだって喋りたいときは喋るんだ。自分の目で見たことを信じろ。あと俺を呼ぶときは、ペンさんでいいぞ」
「は、はい……」
ペンギンはぴょこぴょこと奥に歩いていく。僕はそれについていく。歩きながら、ペンさんは言う。
「で、何か悩みがあるんだろう?」
「なんで分かるんですか?」
「ここに来る奴はみんな悩んでるからな」
そこで意を決して、僕は定期券の悩みを話す。
「そんなもの、自宅から自転車に乗るようにすればいいだろう!」
「でもうちから学校までは遠いですよ」
「遠いから自転車に乗りたくない? 二本足で立ってるくせにガキみたいなこと言うなよ。学生にとっては、適度な運動になるだろうよ!」
「そ、そうですか」
「そうだ」
ペンさんは頷いている。
「ついてこい」
ペンさんに言われるまでもなく、僕はついていく。すると八百屋という看板がかかっているのが見えた。野菜が積まれている。ペンさんはそこにいる人間の親父を紹介する。
「八百屋のゲンさんだ。挨拶しろ」
「は、はじめまして」
緊張して舌を噛む。
「学生さんか。珍しいな。俺は八百屋だ。趣味で計算機科学をやっている」
「計算機科学って何ですか?」
「大雑把に言うと、コンピュータをいろいろ弄るタイプの学問だな」
「それが僕と何の関係があるんですか?」
「いや、関係は無いよ。ただ電話を借りたいんだろう? うちに電話があるよ」
そう言われて出てきたのは、黒くて大きな箱だった。
「アンティークだ。自慢のコレクションだよ」
「いや、そうじゃなくて普通の電話でいいんですけど……」
「うちにはこれしかないよ」
「うーん」
使い方が分からず、困ってしまう僕。とりあえず、また定期券の悩みなどを話してみる。話しているうちに、悩みは少しずつ大したことの無いようなものに思えてくる。
「そうか。なるほど。話を聞いた限りじゃ、自転車通学に切り替えれば済む話だな」
「でも自転車を買うためのお金が無いんですよ」
「毎月の定期代が浮くと考えれば親も文句は言わないだろ」
「だな」
ペンさんと八百屋さんはもう僕が自転車通学をする方向で話を進めてしまっている。
そのうち僕も、特に反対する理由が無いような気がしてきた。
「じゃあ自転車通学してみます。だから帰り道を教えてください!」
そこで、ぱっと目が覚めた。
「お客さん、終点のバス停ですよ」
バスの運転手さんの声が響き、僕は夢の内容を思い出しながら、バスを降りる。
バス停から少し歩けば僕の家だ。
その日の夜、僕は父と母に自転車通学がしたいと言った。驚いたことに、親も同意してくれた。
その次の週。僕は少し早めに起きて、新品の自転車にまたがり、力いっぱいペダルを踏む。友達は僕をバカにしなくなった。むしろ、一時間半かけて自転車通学する僕をすごい奴だと吹聴して回った。帰りに一緒に街中を走り回っていると、友達も増えた。
夢の中のペンギンに感謝しなくちゃな。そう思って朝の道を走っていると、自転車に乗ったペンギンが僕の横を少しの間併走した。ああ、そうか。ペンギンのペンさんもまた、水族館に出勤中なのだ。