表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

天気は良好

作者: なつき

 紗恵はいつだったか、友達に「あんたって不器用の代名詞よね」と言われたことがある。

 自分でもそれなりに自覚はしているのだ。しているのだけれども……。努力でカバーできるような、そんな易しいレベルではなく、それが困りの種だったりする。


 どれくらい不器用かといえば、針の穴に糸を通せないのは当たり前だし、カッターを使おうものなら両手の指がバンソウコウだらけになる。もちろん、上手く切れないから紙はぐちゃぐちゃ。トイレットペーパーに関しては、使い始めの一巻きを二巻き目と一緒に剥がしてしまい、そのまま直せずにボロボロにしてしまう。


 まあ、そんな感じだ。他にいくらでも失敗談はあるのだが、例挙していたらきりが無い。


「はぁー……」

 ずぶ濡れになったテーブルを前に、紗恵は盛大なため息をつき、頭を垂れ下げた。

 お茶をペットボトルからペットボトルへ移し変えようとしたなれの果てである。

「どーして一滴しか入んないわけ?」

 思わず自分をののしりたくなる。普通、多少こぼしたとしても半分くらいはちゃんと入ってくれるものだ。「全て」をこぼすのは珍しい。もちろん、彼女の場合「珍しい」部類になってしまうわけなのだが。

「紗恵ちゃんて、本当に呪われてそうだよね。ここまできちゃうと」

 ケラケラと、向こうを向いたソファーの背から身を乗り出して、克巳が笑った。そんな克巳を睨みつけて、紗恵は似合わぬドスのきいた声でウンザリだとでも言わんばかりに返事をする。

「克巳、あんたにとっては笑い事でも私にとっては死活問題だわ」

 今日は天気が良いから外へ遊びに行くつもりだった。だから、冷蔵庫のお茶を小さいペットボトルに移し変えようとした。そして、結果はこのとおり。

「だから外で買えば良いって言ったのに。どーせ紗恵ちゃんはこぼしちゃうんだからさ」

「もったいないじゃない! 110円もするのよっ」

「こぼしちゃう方がもったいないと思うんだけどな」

「う」

「ほら、早くこぼしたお茶拭かなくちゃ。床に垂れちゃったらめんどくさいでしょ」

 言うくらいなら手伝いなさいよ。とも言いつけてやりたかったが、如何せん、この失態の元凶は自分にあるのだから、「紗恵ちゃんがするべきだよ」といわれるのが関の山である。紗恵はのろのろと布巾を手に持ち、ぶちまけられた茶色の液体をふき取り始めた。布巾に染み込んだお茶が、自分の手まで伝わってくる。

 あぁ、手が臭くなってしまう。

 克巳といえば、そんな紗恵を楽しそうに見つめている。いつもそうだ。いつもこの構図。

「克巳、そんなにあたしの失態を見つめて楽しい?」

「うん、とっても」

 この鬼畜。と言いかけた口を、慌てて固く結ぶ。彼に下手なことを言えば、そのままベッドインも在りうる。この前なんて「意地が悪い」といっただけで「俺のやさしさ、伝わってなかった? 紗恵ちゃんはもっと優しくしてほしいの?」などとほざいた挙句、やはり口元に意地の悪い笑みを浮かべて彼女を寝室へ拉致してしまった。

 その先は、朝まで彼の「優しさ」を押し売りされたわけで。

「紗恵ちゃんも学習したんだ。ちょっと淋しいなぁ」

 紗恵が無反応でテーブルを拭きつづけるのを見て、言葉とは裏腹、楽しそうに克巳は言った。

「……あんたの頭の中はいっつも春なのね」

「だって紗恵ちゃん可愛いから」

「はいはい、もうそれは何回も聞きました」

「で、紗恵ちゃんは何回も赤くなるんだよね」

「うるさい!」

 現に、彼女の顔は朱に染まっている。これはもう隠しようがない。克巳はにんまりと笑って、布巾を洗っている紗恵を、後ろから抱きすくめる。

「かーわいー」

「うるさいうるさいうるさい!」

 耳朶に寄せられた唇に、どぎまぎしながら紗恵は叫ぶ。せめてものささやかな抵抗として、肘で彼のみぞおちを突き上げた。

「わっ」

 ソレを間一髪で避け、克巳はまたくすくすと笑う。

「もーそろそろ恥ずかしがらなくてもいいのに。毎晩もっと激し……」

「ギャー!! 言うなー!!」

 べちょり、とまだ絞っていない布巾が彼の顔面に命中した。紗恵は思わず「しまった」とあとずさる。

 自分が不器用なのをよく知っているため、投げつけたところで当たらないだろうと思い、本気で投げつけてしまった。何でこんなときに限って当たってしまうのか。これも不器用が転じたのだろうか、と思わず泣きたくなる。

 ずる、べしゃ……と、床に落ちた布巾。現れた克巳の顔は、案の定、目が笑っていなかった。

 そしてその代わりに口元に何とも言えぬ笑みを浮かべ、布巾を拾い上げる。

「……紗恵ちゃん、ちょっとお転婆が過ぎたね。それとも僕にいじめられたいとか?」

 ブンブンと首を横に振り、紗恵は背後のドアノブを後ろ手に握り締めた。

「あ、あのねっ。お、落ち着こうよ。じ、事故よ事故!」

「今からだと、明日の朝までずっとできそうだね」

 ニコニコと笑いながら、彼は彼女を追い詰める。トン、と背後のドアに手をつかれ、彼女はドアを引けなくなってしまう。

「で、でも今日は外へ遊びにいくんじゃ……」

 そろそろやばいかもしれない。と本気で思った。彼は嫌なスマイルでこちらをのぞきこんでくる。

「お望みどおり、たっぷりサービスしてあげるからね」

 唇がふさがれて、「いりません」と言えない自分に、思わず「頑張れ」とエールを贈りたくなる。


 ……天気は良好。今日はピクニック日よりだったのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ