序《強引な依頼》
外伝第一弾は精霊王の楽園編です。次話はいつになるか分かりません。ご了承ください。
その話を聞いたのは、ユグドラシルの辺境の村に行った時の事だった。
「誰も達成できないクエスト?」
問い返すと、《念話》の相手――――ミンザグは肯定を返して来た。
『はははははは! まさしくその通り! これはもう、僕達に対する挑戦状に他ならないよ! クリアできるものならしてみろという運営からの啓示さ! という訳で、代表してクリアして来てくれないか! 我らが友よ!』
無駄に元気で大声なのは基本仕様だ。ミンザグは基本的にテンションが高くてとにかく声がでかい。気のいい奴なのだが、こいつと隠密系の任務を受けると確実に失敗する。何故なら、潜んでいる間も変わらず大声で話してくるからだ。
で、付いた名前は種族と合わせて《騒音鬼》。この名前は、妖鬼種最上位種族《煉灼鬼》の特性、火属性攻撃範囲倍加を駆使した超広範囲爆撃といった戦い方からも来ている。正直、幽鬼族としてのポテンシャルを魔法攻撃力に偏らせたステータスで繰り出される攻撃は、そこらのゲームに出てくるボスよりも遥かにヤバイ。主に理不尽な距離まで届く範囲攻撃と味方無視の攻撃方法という面で。
半月ほど前に、戦争イベントにミンザグが参加して敵味方がほぼ全滅、という結果になったのは記憶にも新しい。その頃俺はニヴルヘイムを訪れていたのだが、新聞のような物を作っているギルドが配った号外を見て、思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱えたくらいだ。
運営からも俺からも幾度と無く説教をしているはずなのだが、一向に改善の兆候が見られない。最近、あいつは純粋なのではなく、救いようの無い馬鹿なのではと思い始めている。
用件を告げるだけ告げて切断された上に、メニューから確認すればすでにログアウトしている事が分かる。十中八九寝落ちだ。あいつの特技には三秒就寝という阿呆過ぎる物がある。
「仕方が無い。これでやらなかったらさらに面倒な事になるからな」
ため息をついて席を立つ。すると、ウェイトレスがすばやい動きでこちらにやって来た。頼んだ食べ物の金額分を渡して酒場から出る。
(一先ず、どういったクエストなのか確認しないとな。あと場所もか。近ければいいんだが)
歩きながらメニューウィンドウから攻略関係のページを開く。普通のMMORPGでは、こういった攻略サイトがゲーム内に存在するなどありえない。だが、VRゲームでそうなるといちいちログアウトする必要性が出てくるため、今は大抵のVRMMODで、一定の手続きを経てゲーム内にホームページを創る事ができる。
ただ、このアルタベガルにおいてのみ、情報伝達速度でとあるギルドが作る新聞に似た広域宣伝媒体に負けている。どうやってかは誰にも分からないのだが、何か大きな事件などが起こると、どこかのホームページに載るよりも早く号外がばら撒かれる。しかも内容は正確なので、このアルタベガルの世界でも大きな謎の一つとなっていた。
他のゲームでは攻略に関係の無い事柄を載せる事で存在意義を維持していて、この世界でもそういった点はあまり変わらないのだが、事号外に限っては覆されるのだから信じ難い事だ。
(まあ、結局のところ、大きな事件以外は攻略サイトに頼るのが一番なんだけどな。号外にしても、現在進行形の事には役に立たないし)
思考を弄びつつ、最も有名なサイト《星空航海》の掲示板を開く。そこでは丁度、噂の不可能クエストに関する談義が繰り広げられていた。その内容を軽く流し読んで、整理して脳内で並べてみる。
その一:最上位種族のレベル千以上でアヴァロン南東、ユグドラシルとの境界付近にある隠しフィールド《精霊王の楽園》最奥の宮殿まで単独で行く事。
その二:宮殿入り口を守っている精霊(人によって違う精霊がいるらしい)と会話の後戦闘を行い、それを十分以上続ける事。
その三:宮殿の謁見の間で精霊王の質問に答えると、クエストが発生する。この際発生するクエストは複数あり、共通項としてはクリア不可能・出現モンスターが最低七千からという二点のみ。
その四:一度クエストを失敗すれば、精霊王の楽園自体に入る事ができなくなる。失敗の原因は主に死亡、フィールド外への移動の二つだ。制限時間は存在するクエストとしないクエストがあるらしい。
大体こんなところだろうか。経過は人それぞれとしても、すでに何十人と挑戦して失敗しているのはやや異常だ。普通、こういったサブイベントは情報をきちんと整理すればクリアは可能なはずで、最上位種族のそれもレベル千以上の熟練の冒険者が失敗する事は無いと言っていい。
それなのに失敗しているのは、クエストの内容が一人一人違う上に、フィールドを高レベルモンスターが徘徊しているためだろう。クエストの目標を達成する前に、モンスターの質量に押し潰されるのだ。
「どこの無理ゲーだこれ」
これは、最低でも現在トップの実力者達から引っ張ってこないとどうしようもないクエストだろう。イベントAIは相手を見てクエストの内容を変える所もあるから、トッププレイヤーでも不可能なクエストになる可能性もある。
まあ、一万オーバーのモンスターが跳梁跋扈する神原域で活動できる俺やミンザグ達ならいくらでも粘れる。あの異常なフィールドで行動していれば、自然とモンスターから隠れたり逃げたりする技術が上がるからだ。というか、あそこで出る敵全てを倒していたらキリが無い。
正面から突破する事を目標にしても、トップクラスが数人集まった程度では数分で全滅すると言えば、その異常性が分かるだろう。あのフィールドでは、戦って勝つ技術よりも、逃げて隠れてやり過ごす技術が重要になってくる。
それはともかく、今は精霊王の楽園だ。楽園というにはいささかモンスターの質と量がおかしいが、考えてみると、精霊にとってはモンスターなどいてもいなくても変わらないだろう。問題があるとすれば、到達後、クエスト開始から夕食や学校の登校時間といった、リアルでの様々な制限時間というタイムリミットだろう。
「ある意味今までで一番面倒なクエストだな。だがまあ、なるようにしかならんだろ」
一通り情報を確認した俺は、消耗品を買い揃える為、市場がある広場へと足を向けた。回復アイテム等は時間経過で腐り使えなくなるから、買い足しておく必要がある。この時間なら、知り合いが一人露天を開いているはずだから、話が来たのは丁度良いと言えば丁度良いタイミングだった。