第九話
その日の夕方、紳一郎さんから今夜も遅くなるという連絡をもらった。
今夜こそ、起きて待っていなくては!
それからもし……もし今夜アレが始まったら頑張らなくては!
昨日みたいなマグロでは駄目だ!
怖いけど、花嫁である僕の務めなんだから。
……でも、どうやったらいいんだ?
「ん……?」
この香りなんだっけ?
いい香りだなあ……好きかも。
「望、そろそろベッドに行くか?」
いきなり耳元で囁かれた美声に、僕は鳥肌がたった。
「あ、あれ?」
いつの間に帰ってきたのか、隣に紳一郎さんが座っている!
僕、ソファーで寝てた?
紳一郎さんの車が着いたら玄関に迎えにいくから教えてくれって、芦川さんに頼んでおいたのに…。
「紳一郎さん、いつ帰ってきたんですか?」
「ん?30分くらい前かな?
君の寝顔を肴に飲んでいたんだよ」
紳一郎さんは手に琥珀色のお酒が入っているグラスを持っていた。
もう一方の手は、なぜか僕の腰に回っている。
なんだか、すごーく密着してる?
いい香りだと思ったのは、紳一郎さんがいつもつけているコロンの香りだったんだ。
「可愛いなあ。俺にもたれかかって、寝言をブツブツ言ってたぞ?」
「え?僕何言ってました?」
「マグロがなんとかって。
……好物なのか?コックに言って明日の夕食にでも用意させるよ」
「………」
「俺が帰るのを待っていてくれたのは嬉しいが、無理することはないんだぞ?
夜更かしは美容に悪いからな。睡眠は充分にとらないと」
あの~昨日と言ってることが違うんですけど。
「悪いな、結婚したばかりなのに、ゆっくりできなくて。
今仕事が立て込んでいて、しばらくの間早く帰れそうにないんだ。
明日も休めないし……」
夜は遅いし、朝は早いし、いつ休んでるんだろう?
なんだか、疲れてるみたいだ。
「僕のことは気にしないでください。あの…体に気をつけてくださいね?」
僕の言葉に、紳一郎さんはニッコリ微笑んだ。
「ありがとう。……先にやすみなさい。俺はもう少し飲んでるから」
「え……」
いいのかな?お酒の相手をしなくても。
といっても僕はお酒は飲めないし、その前に未成年だ。
それに、今夜はアレはしないんだろうか?
「それじゃ…あの、おやすみなさい」
僕がそう言ってソファーから立ち上がろうとすると、紳一郎さんがいきなり僕の腕を引っ張った。
「あっ!」
バランスをくずした僕は、彼の広い胸に倒れこんでしまった。
「……ファーストキスはいくつの時?」
僕の体を抱きこんだまま、紳一郎さんが言った。
「は?……………な、何でそんなこと聞くんですか!」
「言えないってことは、まだなんだな?」
図星だ。
だから、僕は今まで誰とも付き合ったことがなくて!
「ずっと男子校なんだろ?
……その顔で今まで無事だったとは意外だな」
紳一郎さんはそう呟くと、ゆっくり顔を近づけてきて、僕の唇を塞いだ。