第八話
朝食を終えた後、メイドさんが僕の為に用意された勉強部屋に案内してくれた。
大きな机とパソコンと、本棚がいくつもあって、ちょっとした書斎みたいだ。
本棚には僕が実家から持ってきた本が、ちんまりと並べられていた。
「はあ……」
昨夜や今朝のことを思い出して、勉強が手につかない。
紳一郎さんみたいに派手に遊んでる人(小沢先生情報)には、
僕みたいな、何も知らないマグロ初心者は面倒くさいのかな?
うわの空で参考書を捲っていると、ノックの音がした。
「どうぞ」
返事をすると、ドアが開いてメイドさんが大きなトレイを持って入ってきた。
「望様、お勉強は少し休まれて、お茶になさいませんか?」
「あ、ありがとうございます、えと…芦川さん」
この屋敷に来た時から、僕の面倒をいろいろと見てくれている若いメイドさんだ。
「あの、僕、何かお手伝いすることはありませんか?
お掃除とか……このお屋敷すごく広いから大変でしょう?」
僕は芦川さんが入れてくれた紅茶を飲みながら言った。
いくら家事は何もしなくてもいいと言われても、一日中ここで勉強をしてる訳にもいかない。
だいたいテスト前でもないのに、休日の朝から勉強なんてやりたくないよ。
「まあ…とんでもありません。私達が紳一郎様に叱られてしまいます」
「……それじゃあ、出かけてもいいですか?
行きたいところがあるんですけど」
「それでは、お車の準備を致しますわ」
「え?そんないいです!駅までの道を教えてくれれば、電車で行きますから」
「望様、
望様は朝吹グループの次期社長夫人なんですのよ?
電車など使われて痴漢に遭われたり、誘拐されたりしたら大変なことになります!」
「はあ?痴漢はないと思うけど」
「いいえ!こんなに可愛い方なんですもの!
望様の新妻フェロモンにムラムラッとした男達がフラフラ~と…
ああ!想像しただけでも怖ろしいですわ!」
新妻フェロモン?
「そういえば、あの、起きられて大丈夫なんですか?
紳一郎様が、『望は今朝は疲れているから、まだ寝かせておくように』と言われて、出かけられたんですけど…。
昨夜は、よほど紳一郎様が激しくなさったんですねえ」
「は?」
「……まあ、私ったらはしたない!申し訳ありません!
あの、それでは、お車をご用意致しますわね?」
芦川さんは、真っ赤な顔で僕に謝ると、逃げるように部屋から出て行ってしまった。
僕は目的の店の前に立って、ガッカリした。
『しばらく休業いたします』の札がさがっている。
いつから閉まってたんだろう?
この一ヶ月バタバタしていて、ここ『モモタロ』に来ることができなかった。
『モモタロ』は僕のお気に入りの桃まんじゅうを置いているお店で、毎週通っていたんだ。
小さいお店で、いつもおばあちゃんがお店番をしている。
通っているうちに話すようになって、仲良くなったんだけど。
おばあちゃん、もしかして病気?
僕はおばあちゃんの顔を思い出して心配になってきた。
もしそうならお見舞いに行きたいけど、連絡先を知らないし…。
……おばあちゃんの笑顔を見て、癒されたかったんだけどな。