第七話
結婚3日目の朝が来た。
窓の外では、雀がチュンチュンと鳴いている。
……結論から言おう。
昨夜はあれ以上何もなかった。
ごめんなさい。
(誰に謝ってるんだ?)
あれから僕は覚悟を決めて、固く目をつぶってまな板の上の鯉の状態でいたんだ。
震えていたかもしれない。
すると紳一郎さんは、黙って僕の上から退くと寝室に備え付けのバスルームに行ってしまった。
鯉(マグロ?)状態の僕に呆れてしまったのだろうか?
よ、よかった……。
だって、やっぱり怖いよ。
会ってまだ一ヶ月の、それも男の人を相手にあんなことするなんて。
しばらくして戻ってきた紳一郎さんはまたベッドに入ってきたけど、もう何もしないで眠ってしまった。
僕は緊張して起きてたんだけど、いつのまにか寝てしまってたらしい。
僕が目を覚ました時、紳一郎さんはすでにベッドにはいなくて、クローゼットのある隣の部屋で出かける準備をしていた。
僕はベッドの中から、開けたままのドアから見える紳一郎さんの姿を盗み見た。
昨日のこと怒ってないかな?
僕の視線に気づいたのか、紳一郎さんはネクタイを締めながらベッドに近づいてきた。
あれも本当は僕ががやらなくちゃいけないんだよね。
昨日の朝、紳一郎さんにせがまれてやったのはいいんだけど、慣れないのと緊張したので力を入れすぎて
彼をネクタイで絞め殺しそうになったんだ。
『今の本気じゃないよな?』と怯えた顔で紳一郎さんに言われてしまった……。
「起きたのか?」
そう言って、紳一郎さんが僕の頬に手を伸ばすと、僕はビクッと体を震わせてしまった。
ま、まずい!
「……そんなに、怖がるなよ。昨日は悪かったよ」
彼は困った顔をして僕に謝った。
「聞きたいことがあるんだが。
その…君はああいうことは初めてなのか?」
「…………」
恥ずかしいことを聞かないで欲しい。
情けないことに僕は今まで女の子とも付き合ったことがないんだ。
紳一郎さんは、何も答えられないでいる僕を見つめながら、しばらく何かを考えていた。
「学校は今日休みだろ?
そのまま休んでていいよ。見送りはいらないから」
紳一郎さんはそう言って、僕を残して部屋から出て行ってしまった。
僕はしばらくぼんやりとベッドの上にいたのだが、慌てて起きて顔を洗いに行った。
仕事に向かう夫を見送るのは僕の役目なんだ!
昨日も失敗だ。
ちゃんと起きて待ってなくちゃいけなかったんだ。
僕が急いで着替えて、広い屋敷内を迷いながら玄関にたどり着くと、紳一郎さんを乗せた車はもう出てしまった後だった。