第五話
僕は今『朝吹紳一郎の花嫁』として、この朝吹邸にいる。
あのパーティの日から一ヶ月の間、僕達は甘い婚約期間を過ごした。
…ということはもちろんなくて、仕事で忙しい彼とは数回短い時間に結婚の打ち合わせの為に会ったくらいだ。
いつも秘書のひとと僕の両親が一緒で、ふたりっきりになることはなかった。
僕達の結婚話を聞いて、両親も姉もあたりまえだが凄く驚いた。
紳一郎さんは一日でも早く僕をお嫁にもらいたいと、両親を力強く説得した。
彼の説明によると、僕と紳一郎さんはパーティで運命的な出会いをして、愛し合うようになり、
離れられない仲になったそうだ……。
僕も『脅されてます』とは言えないから、仕方なく話を合わせた。
彼は話ながら時々僕に向かって甘く微笑み、僕がそれに一々反応して顔を赤らめるので(なんでだ?)
両親はすっかりその話を信じてしまった。
姉の環は僕に何か言いたそうだったけど、結局何も聞かれなくてホッとした。
あの姉にしつこく追求されたら、僕は何もかも喋ってしまっただろう。
そして一ヶ月後、つまり昨日、僕達の結婚披露パーティが朝吹邸の大広間で行われたんだ。
と言ってもケーキ入刀もキャンドルサービスもない普通のパーティだった。
もちろん僕の衣装はドレスではなく、普通のタキシードだ。…色は白だったけど。
朝吹グループの御曹司の結婚なのだからもっと盛大にするのが本当だが、
僕が現役高校生であることに考慮して、世間にはまだ公表しないことになった。
…もっと別の問題があるんじゃないのか?
ちなみに今は6月なので、僕はジューンブライドの花嫁ってことになる。
彼のお父さんや親戚の人達は普通に祝福してくれた。
相手が男の僕なのに、いいのかなあ。
朝吹のおばあさんの決めたことには逆らえないというのは本当みたいだ。
そのおばあさんは、パーティの席にはいなかった。
体調を崩しているそうで、どこかの別荘で静養しているらしい。
そのうち対面しなくちゃいけないんだろうけど、複雑だなあ…。
結婚したと言っても、僕はまだ17歳の高校生だ。
家庭に入って、専業主婦(?)になる訳にはいかない。
僕は紳一郎さんを見送った後、学校へ行く準備をする為に自分の部屋に戻った。
迷わないように、メイドさんに誘導されてだけど…。
この広いお屋敷には、今までは紳一郎さんと使用人の人達だけが住んでいたそうだ。
朝吹のおばあさんは世界中にある朝吹家の別荘を転々としているそうで、ほとんどこの家には
帰らないらしいし、彼のお父さん、朝吹グループの社長さんは高級マンションに女のひとといっしょに住んでいるそうだ。
……まあ、いろいろあるんだろうな。
お屋敷から学校までの道順をまだ覚えていないので、車で送ってもらい目立たない所で降ろしてもらった。
来週からバスか電車にしなくちゃ。
自分の教室に向かっていると、誰かに後ろからポンと肩を叩かれた。
「おはよう、桃田。いや昨日から『朝吹』だったな?」
「先生!そんなことここで言わないでください!」
現代国語の小沢先生だ。
偶然にも小沢先生は紳一郎さんの親しい友人で、昨日のパーティにも出席していたんだ。
「ああ、学校では秘密なんだよなー。悪かった。
それにしても、あいつが結婚するって聞いてビックリしたんだけど、
その相手がおまえだなんて二度ビックリだよ」
「せ、先生!声が大きいよ!」
さっきの『悪かった』はどこに行ったんですか?
「パーティで運命的な出会いをしたんだって?
朝吹のばあちゃん大喜びだろ?そういうの好きらしいからなあ。
今度、詳しく聞かせろよ?」
「……はあ、話せばいろいろと長くなるんですけど…言えません」
「ケチ。しかしあのプレイボーイが結婚ねえ…。
まあ、結婚前に遊びまくった男ほど、家庭に入ったら大人しくなるっていうから
おまえは心配するな、……って俺が言うのもなんだけど」
「紳一郎さんて、そんなに遊んでたんですか?」
「確かこの間までは、祇園の芸妓とナントカっていう女優とフランス人のモデルと…
俺が知ってるのはそれくらいかなあ。
……………えーと、そろそろホームルームの時間だな。おまえも急げよ!」
先生はそう言って慌てて僕から離れていった。
「モモ!風邪大丈夫か?」
僕が教室に入ると、友達の岳史が駆け寄ってきた。
「……うん。ちょっと熱出しちゃって、ずっと寝てたんだ。
もう大丈夫だよ」
昨日とおとといは結婚の準備とパーティで、僕は風邪の理由で学校を休んだ。
まさか、本当のことは言えないよ。
この学園で僕の事情を知っているのは学園長と担任の先生だけだ。
……あと小沢先生もいたんだっけ。
「岳史、休んでた間のノート、後で見せてくれる?」
「ああ、そういえば昨日の現国自習だった。小沢が知り合いの結婚式とかで、午後からいなかったんだ」
「……ふーん」
「新婦は俺達と同じ17歳だってさ。絶対、できちゃった婚だよな!」
「……………」
本当に熱が出そうだ。