第四話
「……あの、今なんて言いました?」
「その年でもう耳が遠いのか?結婚してくれと言ったんだ。
僕の花嫁になってほしい」
「は、花嫁?僕、男ですよ?」
「わかっているが、しょうがない。
その指輪が、僕達の運命を決めたんだ」
僕は薬指にはめたままの指輪をマジマジと見た。
「なんなんですか?これ」
「その指輪は朝吹家の家宝で、代々朝吹家の花嫁に贈られるしきたりになっている。
母親が5年前に亡くなって以来預かっていたんだが、なかなか結婚しないんで、
怒った祖母に取り上げられてしまったんだけどね」
「家宝!?」
僕はビックリして指輪をはずそうとしたのだが、きつくて抜けない!!
何がピッタリだよ!
ギュウギュウに押し込んだくせに!
「僕は結婚なんてまだする気はなかったんだが、最近祖母の具合が悪くてね。
自分が生きてる内に結婚してくれと、泣いて頼まれたんだ。
あの祖母のことだから、仮病にウソ泣きじゃないかと思っているんだが…。
面倒くさくなって、祖母が決めた相手と結婚することにしたんだ。
それで、祖母が適当な花嫁候補をリストアップして花嫁選びのパーティを開き、
会場のどこかに隠されたその指輪を見つけ、正直に届け出たひとを僕の花嫁にすることに決めたんだ。
指輪が僕の花嫁を選んでくれるというわけさ。
祖母はロマンス小説の愛読者で、そういうロマンチックな趣向が大好きなんだよ」
「そんな無茶な。誰も反対しなかったんですか?朝吹グループの後継者の花嫁をそんな方法で選ぶなんて……」
「祖母はこの家では一番発言力があって、朝吹家の者は誰もあのひとには逆らえないんだ。
……それにしても、まさかそれを桃まんじゅうの中に忍びこませているとは思わなかったな。
確かに桃まんじゅうは祖母の大好物だが……。
とにかく、君が祖母に、いや指輪に選ばれた僕の花嫁ということになる。
曾孫の顔は見せてやれないが、そこまでは約束してないから男でも構わないだろう」
「む、無効です!僕は間違ってこのパーティに招待されたんです!
あなたも嫌でしょ?男と結婚するなんて!」
「ああ、それは問題ない。僕はバイなんだ」
バイ?
男も女もいけるという、無駄に許容範囲の広いアレか?
「あなたには問題なくても、僕は嫌です!
なんであなたなんかと結婚しなくちゃいけないんだよ!」
僕が叫ぶと、朝吹さんの眼が鋭く光った。
「花嫁選びを祖母にまかせた以上、俺はそれに従わなければならない。
こんな手は使いたくないんだが……」
突然彼の口調がガラリと変わった。
笑顔が怖い……。
「確か君の父上の会社は、朝吹グループ系列の会社と取引があったんだよな?
……これ以上は言わなくても分かるだろ?」
取引を切るだけじゃないよ?と彼の目が語っている。
「そんな……」
僕は目の前が真っ暗になった。
「まあ、俺も鬼じゃない。
祖母の我儘で、君の一生を縛り付けるのはどうかと思うしね。
そうだな、1年俺と結婚生活をしてみて、お互いをよく知ろうじゃないか。
それでどうしても我慢できなかったら、離婚すればいい。
もちろんそうなっても、父上の会社には何もしないよ。
慰謝料も、1年間君の時間を拘束するんだから、充分なものを支払おう」
「………」
この人との結婚生活なんて想像もできないけど。
1年……1年の我慢だ。
それで、お父さんの会社が無事なら……。
「わかりました……」
僕は俯いていた顔を上げて、正面に立っている男の端正に整った顔を見た。
「契約成立だな?」
朝吹さんは満足そうに頷いて、僕の左手を掴んで引き寄せた。
そして、元凶の指輪に唇を寄せた。
「君はたぶん祖母に気に入られると思うよ?」
彼は僕がテーブルの上に置いていた食べかけの桃まんじゅうを見て、ニヤリと笑った。