第三十三話
「おばあちゃん、僕のこと女の子だと思ってるんじゃないよね?」
念のために確認をしてみる。
「まあ、望ちゃんったら」
おばあちゃんはくすくすと笑った。
「まだそんなにボケちゃいませんよ。
でも、スカートをはいてたらわからなかったかもね」
「…………おばあちゃん」
「冗談よ。
問題ないと思ったのよ。紳一郎は女性とも男性ともおつきあいの出来る……
えーと、何て言ったかしら?……バイ?なんでしょ?」
おばあちゃんの無邪気な声に紳一郎さんは渋い顔をした。
「よくそんな言葉をご存知ですね」
「お店には若い子もたくさん来るから、いろいろ勉強しているんですよ」
「……そんな単語、いつ使うんですか」
「おばあさま、朝吹の後継者のことはどうするおつもりだったんですか?
望君を傷つけないですむいい方法をもちろん考えてたんですよね?
まさか、忘れてたとか言わないで下さいよ!?」
香月さんに強い口調で問われて、おばあちゃんは目を丸くした。
「洋一郎に頑張ってもらうつもりでしたよ。
あの年でこんなに若いお嬢さんとおつき合いできるほど元気なんですもの。
これから何人も紳一郎の兄弟を増やしてくれるはずですよ?」
「え……」
女のひとがビックリした顔でおばあちゃんを見ている。
「……あの、私達のこと許してくださるんですか?」
「許すもなにも別に反対なんかしてませんよ?洋一郎がそう言ったの?」
「いえ、洋ちゃ…洋一郎さんは何も……。
お母様に紹介してくださらないので、てっきり私達のことをお気に召さないのかと思ってました」
「ああ、ごめんなさいねえ。
洋一郎からあなたと一緒になりたいと聞いたのは、丁度『モモタロ』の開店準備で超忙しい時で、バタバタしていたのよ。
『勝手にしていいわよ』と言ったら、あの子さっさとこの家を出ていっちゃったのよねえ。まったく、せっかちなんだから」
「……そんな言い方では親父も誤解しますよ」
紳一郎さんが窘めると、おばあちゃんは苦笑いをした。
「店のことがあの子にばれたら絶対に邪魔されると思って、しばらく顔を会わせたくなかったのよ。
落ち着いてから紹介してもらおうとは思ってたんだけど、お互い忙しくてなかなか時間がつくれなくてねえ。
晶子さんだったわね。確か紳一郎の大学のお友達だそうね」
「…はい」
「去年の春にもここでパーティをやったこと覚えてらっしゃいますか?
彼女も来てくれたんですよ。その時親父が一目惚れしたんです。
……どういう訳か彼女もね。
それを聞かされた時は、俺も驚きましたけどね」
紳一郎さんがふたりの出会いを説明した。
紳一郎さんのお父さんとは結婚パーティでしか会った事はない。
朝吹グループの社長さんだけあって、貫禄はあるけど、優しい感じのひとだったな。
「まあ!やっぱりパーティってロマンス発生率が高いのねえ。
晶子さん、あなたもお腹の赤ちゃんも歓迎しますよ。
体を大事にして、いい子を産んでちょうだいね?」
「はい!ありがとうございます」
おばあちゃんの優しい言葉に、女のひと……晶子さんは、嬉しそうに微笑んだ。
「えーと、どこまで話したかしらねえ。
そうそう、
それで、紳一郎と望ちゃんをうまくくっつける方法をいろいろ考えたんですよ。
せっかくだから、できるだけロマンチックなほうがいいと思ってね。
運命の指輪に導かれて出会ったふたりが結ばれるなんて素敵でしょ?
実は、以前読んだロマンス小説を参考にしたのよ!」
おばあちゃんは目をキラキラさせて言った。
「運命の指輪ねえ、都合よく望君がそれを見つける訳ないですよね?
もちろん、おばあさまが小細工なさったんでしょう?」
香月さんが尋ねると、おばあちゃんは肩を竦めた。
「パーティの日、ここにいる速水にボーイに変装してもらって望ちゃんに指輪入り桃まんじゅうを
勧めてもらったのよ。桃まんじゅうには目の無い望ちゃんだから、絶対うまくいくと思ったんですよ」
う……。
簡単に引っかかった僕って……。
「運命の指輪、花嫁選びのパーティ、ハンサムな御曹司、可愛い男子高校生、これだけロマンチックな条件が揃ったらロマンスが生まれないのは嘘だと思ったんだけどねえ。何がいけなかったのかしら?」
おばあちゃんは首を傾げている。
その、『男子高校生』ってところじゃないかと思うんだけど……。
もし僕が女の子だったら、一瞬で紳一郎さんに恋をしたんだろうな。
格好よくてお金持ちで、女の子の理想の塊みたいな紳一郎さんに会ったその日にプロポーズされるなんて、
まるで御伽話みたいだもんね。
「あなたならうまくやると思ったのに、情けないわねえ。紳一郎?
口説くのではなくて、脅迫するなんて……。
世間ではプレイボーイとか言われてるらしいけど、もっとましな方法は考え付かなかったの?」
おばあちゃんに睨まれた紳一郎さんは、気まずそうな顔をした。
「……あの時はそれしか思いつかなかったんですよ。
プロポーズをあっさり断られて、頭に血が昇ったんです。
自分でもどうかしてると思いましたよ」