第二十五話
翌朝。
朝食を取っていると、芦川さんが小さなトレイに電話の子機を乗せて持ってきた。
「望様、紳一郎様からお電話です」
「え!?あ、ありがとうございます」
僕はドギマギしながらそれを受け取った。
今までだって紳一郎さんと電話で話したことはあるのに、なんでこんなに緊張するんだ?
「も、もも、もしもし?」
『望か?
こんな時間に電話してすまない。もう出かけるんだろ?
こっちに着いてすぐにかけるつもりだったんだが、寝ていると悪いと思ってね』
「……いえ。まだ大丈夫です」
昨日は、紳一郎さんからの電話を待って遅くまで起きていた事は内緒だ。
『何か変わったことはないか?』
昨日の香月さんのことが頭をよぎったけど、電話で話すことじゃないよね?
「……何もありません。
あ、あの、お仕事頑張ってください!あ、でも無理はしないでください!」
……そんなこと言われなくてもわかってるだろうけど、気のきいた言葉が見つからないよ。
受話器から小さな笑い声が聞こえた。
『飛行機が揺れて眠れなかったうえに、着いた早々ミーティングで実は少々へばってたんだ。
でも、君の声を聴いて元気が出たよ。……いや、それより、生まれて初めてホームシックにかかりそうだな』
「…………」
冗談だとわかっていても、そんなこと言われたらドキドキしてしまう。
『望?さっき芦川君に聞いたんだが、最近あまり食べないそうだな。体調が悪いのか?』
「え?そんなことありません!元気です!」
『それならいいが……。ああ、ついでに彼女に叱られたよ、まいったな』
「え?」
あの紳一郎さんを叱った?
芦川さんってすごいなあ、只のメイドさんじゃないよ。
でも何を?
『ああ、そろそろ切らないとな。
明日の便で帰るよ。そっちに着くのは……明後日の昼過ぎになるだろうな』
「はい。わかりました」
よかった。明後日は日曜日だ。
『そうだ、芦川君に伝言を頼みたいんだが、いいか?』
「はい」
『望のことは、出張から帰ったら充分に可愛がるつもりだから安心してくれ、だ。
それじゃ』
「はい!
…………え?え?も、もしもし?紳一郎さん!?」
切れてる……。
今なんて言った?
「望様?どうかなさいました?」
芦川さんが不思議そうに、受話器を持ったまま固まっている僕の顔を覗き込んだ。
今の伝言を彼女に伝えるべきか、僕は真剣に悩んでいた。