第二十三話
「ところで、なんで紳一郎の結婚のこと知ってるんだ?
桃田が学生の間は絶対に外に漏らすなって緘口令が布いてあった筈だぞ?」
「僕だって朝吹家の一員なのに、教えてくれないなんて冷たいなあ。
紳一郎の恋人のひとり……いや元恋人か。
フランス人のモデルでマリーという女がいるんですけど」
聞き覚えのある名前が出てきて、ドキッとした。
この間アンリさんが言ってたひとだ……。
「彼女、パリのオフィスに乗り込んで来ましてね。
紳一郎に捨てられたからどうにかしてくれって泣きつかれましたよ。
いくら従兄弟だからって、僕にそんなこと言われても困るんですけどねえ」
「おまえ達、知り合いだったのか?」
「ああ、以前ちょっと口説いたことがあるんですよ。振られましたけどね。
彼女、紳一郎にかなり本気だったみたいですよ?
絶対に他の女達を出し抜いて、プロポーズさせてみせるって宣言してましたからね」
「フランス人のトップモデルなんて、プライド高そうだもんなあ……」
「まあ、それはともかく、彼女に聞いたんですけど、
紳一郎、付き合いのあった全員を一斉に整理したんでしょ?
それも短期間に慌ててバタバタと。
だからマリーみたいな面倒な女が出てくるんですよ、スマートな紳一郎らしくないなあ。
変だと思ったんで、うちの母親に電話してカマかけたら、男子高校生と結婚したことをあっさり白状してくれました」
「は~、あいつもおまえだけには知られたくなかっただろうになあ。
こんなに早くバレるとは……まあ、自業自得か。
それで、こいつの顔を見にわざわざ帰国したのか?おまえも暇だなあ」
「実は本当の目的は違うんですよ。
仕事のこともあるんですが、母からおばあさまの具合が悪いと聞いて、お見舞いに行こうと思いましてね。
珍しく国内の別荘で静養されているそうだから」
「ああ、紳一郎の結婚パーティにも出られなかったんだよなあ。
楽しみにしてただろうに……。
前に会った時はムチャクチャ元気そうだったけど、年も年だしな……。
おい、香月、ばあちゃんの孫で結婚していないのはもうおまえだけだろ?
いつまでもフラフラしてないで、早く落ち着いてばあちゃんを安心させてやれ!
でないと手遅れになって後悔することになるぞ?」
小沢先生は教師モードになって、香月さんにお説教を始めた。
「……縁起でもないことを言わないでくださいよ。
それに、余計なお世話です。相変わらずおせっかいな方ですね」
「なにい?」
「あの~」
僕は険悪な空気になってきたふたりに、おそるおそる声をかけた。
「僕、もう失礼していいですか?5時限目が始まっちゃう……」
「あ、いけね!とっくに授業始まってるんだよ。
おまえを迎えに来たんだった」
「え?」
僕は慌てて応接室の時計を見た。
本当だ。
この部屋チャイム聞こえないの?
「教室におまえがいないから気になってな。
真面目なおまえがサボるわけないし、山口先生に朝吹家から面会人が来てるって聞いてピンときたんだ。
屋敷じゃなくて、わざわざ学校までおまえに会いに来る関係者なんて怪しいからな」
「朝吹邸に行っても簡単には会わせてくれないんじゃないかと思いましてね。
それに、あそこでは誰にも邪魔されずに彼とふたりで話すのも難しそうだし」
香月さんはソファーから立ち上がると僕に近寄ってきた。
微かにコロンの香りがする。
さっきのこともあって緊張してしまうよ。
今は小沢先生がいるから大丈夫だろうけど。
「さっきの話だけど、本当に悪かったよ。
除け者にされたので、悔しくてね。
つい、君に意地悪をしてしまった。
あんなこと言ったけど、紳一郎は君を悲しませるようなことはしないんじゃないかな?
大事にされてるみたいだしね」
香月さんはそう言って僕の隣で睨みをきかせている小沢先生に視線を向けた。
「さて、そろそろ失礼します。
望君。今日は途中で邪魔が入ってゆっくり話せなかったけど、
パリに帰る前に、改めて朝吹邸に挨拶に寄らせてもらうことにするよ。
紳一郎にもよろしく伝えといてくれないかな?
『結婚おめでとう。可愛い花嫁でとても羨ましい』ってね」