第二十二話
「……そうなんです。僕と紳一郎さんは運命的な出会いをして(脅されて)結婚することになったんです」
嘘は言ってない。
「運命の出会い?……ふうん」
香月さんが探るような目で見たので、僕は視線をそらせた。
「香月、おまえの悪癖はよーく知ってるが、
こいつにまでちょっかい出すのはやりすぎだぞ?
それに桃田は俺の大事な教え子で、変な虫がつかないようにしっかり見張っといて
くれって紳一郎に頼まれてるんだ。
あいつはなあ、怒ったらものすごおく怖いんだぞ?
校内でこいつになんかあったら、どんな目に合わされるか……。
俺、絶対成敗される!」
小沢先生は自分の体を抱きしめるようにしてぶるぶると震えた。
小沢先生、時代劇じゃないんだから……。
「紳一郎のことが気に入らないからって、桃田を利用してあいつを挑発するのはやめてくれよな」
小沢先生が香月さんを睨みつけながらビシッと言うと、香月さんは肩を竦めた。
「なんでみんな誤解するんだろうなあ。僕はあいつのこと、嫌いじゃないですよ?
昔から自慢できる従兄だと思ってます。
ただ、僕は紳一郎が持っているものが、何故かどうしても欲しくなるんですよねえ。
物でもひとでも……。自分でも悪い癖だとは思っているんですけどね」
香月さんは呟きながら僕の方を見た。
なんだか、嫌な予感。
「望君に会いに来たのは、別に彼に何かしようって訳じゃなくて、本当に只の挨拶のつもりだったんですよ。『結婚なんてまだまだする気はない』なんて公言していた紳一郎が、
電撃結婚でしょう?それも相手が男子高校生だなんて、気になるじゃないですか。
どんな子があの紳一郎を射止めたのか、知りたかっただけなんだけどなあ」
「はあ?じゃあ、なんだよ、さっきのは。
俺が止めなかったら、あのままこいつにチューしてただろ!?
紳一郎に対する嫌がらせじゃねえか。おまえ男には興味なかっただろ?バリバリの女好きのくせに!」
「……確かにね。いくら紳一郎の相手でも、さすがに男に手をだそうとは思わなかったですね。
でも、望君の困った顔や泣きそうな顔を見ていたら、柄にもなく胸がときめいてしまいましてね。
ああ、そうだ。先輩、知ってます?
彼、とてもいい香りがするんですよ。さっき肩を抱き寄せた時に気づいたんですけど」
「香り?桃田、おまえ何か変なフェロモンでも出してんのか?」
小沢先生はそう言って、僕の傍までくると鼻を近づけてくんくんと犬みたいに匂いを嗅いだ。
「わっ!や、やめてくださいよ!」
なんで紳一郎さんの知り合いって、僕に変なことばっかりするんだよ!
「ほんとだ。うまそうな匂いがする!
おまえ、そんな甘い香りぷんぷんさせて校内をウロウロしたら、絶対誰かに喰われるぞ?」
危ないから気をつけろ、と小沢先生は厳しい顔つきで僕に言った。
「はあ?」
甘い香り?
芦川さんお勧めの桃シャンプーのせいかなあ。
僕も最初は気になってたんだけど、だんだん慣れて何も感じなくなってたよ。
……喰われるって、どういうことだよ?
「その甘い香りが僕を誘っているように思えて、ついフラフラと引き寄せられてしまってね。
脅えている顔にもそそられたし……つまり、魅力的な君が悪いんだよ?」
香月さんはにっこりと僕に向かって微笑んだ。
な、何わけわかんないこと言ってるんだよ、このひとは!
なんで、僕が悪いことになってんの?