第十四話
紳一郎さんが、飲んでいたコーヒーをブーッと吹き出した。
もろにそれを浴びたアンリさんが立ち上がって何やら叫んでいる。
たぶんフランス語だ。
「だ、大丈夫ですか?」
紳一郎さん、急にどうしちゃったんだろう?
「ひどいよ、シンイチロウ。僕のこの美しい顔にこんなことが出来るのは、世界中で君だけだよ?」
アンリさんはプンプンしながら、さっきまで頬を冷やしていたタオルで顔を拭った。
紳一郎さんは咳き込みながらアンリさんに謝っている。
「悪い、ゴホッ、望が…ヘンなこと…ゴホッ…」
「え?僕?」
「なんでアンリが俺の愛人なんだ!
どこからそういう発想になるんだ?冗談じゃないぞ!」
……つい、思ったことを声に出して言ってしまっていたらしい。
紳一郎さんは腕を組み、怖い顔で僕を睨んでいる。
「だって…小沢先生が」
「小沢?あいつが何を言ったんだ?」
「……紳一郎さんはプレイボーイで、ついこの間までフランス人のモデルさんと付き合っていたって。
あと、女優さんと芸妓さんと……他にもたくさんいるんでしょ?」
なんだか尖った声になってしまった。
嫌だなあ。
まるでヤキモチやいてるみたいだ。
「……余計な事言いやがって。
確かに君に会うまでは、何人か付き合っていたよ。
だが、君との結婚が決まってからは全員と手を切った。
あたりまえだろう?俺がそんな不実な男だと思うのか?」
「………」
「ねえ、いっぺんに何人もの恋人と付き合うのは、不実って言わないの?」
「おまえに言われたくないぞ。
俺は自分から誘ったことはないし、むこうから勝手に寄ってくるんだ。
俺を独占することは出来ないし、お互い遊びでいいんならって、最初にちゃんと断ってから付き合ってるよ」
アンリさんが僕の方をチラッと見た。
「シンイチロウ……自分で墓穴掘ってるってわかってる?」
「…………」
「だいたい、別れること、みんなちゃんと納得してんの?
この間マリーに泣きつかれちゃったよ。なんで急にシンイチロウに振られたのかわかんないってさ」
「ああ、何度も電話があったよ。あんなにしつこい女だとは思わなかったな」
紳一郎さんは、冷たい声で言った。
紳一郎さんって……結構……最低だったりして。
微妙な顔をしていたんだろう。
紳一郎さんは僕を見て、気まずそうな顔をした。
「望。俺には君がいるのに、愛人なんてつくるはずがないだろう?君だけだ」
僕をまっすぐに見つめる紳一郎さんの瞳は、とても真剣に見えるけど……。