第十三話
「まだヒリヒリする。あんなに思いっきり引っ張ることないじゃないか。
僕のこの美しい顔にこんな事が出来るのは、世界中で君だけだよ?シンイチロウ」
アンリさんは冷たいタオルを頬にあてて、ブツブツと文句を言っている。
「それだけですんで良かったと思え。
俺が帰るのがもう少し遅かったら、もっとひどい目にあっていたかもしれないぞ。
うちのメイドは、ほとんどが剣道や空手の有段者だからな。
屋敷内の道場やトレーニングルームで毎日鍛えてるはずだ」
このお屋敷、道場まであるの?
知らなかった……。
「……まあ、いいか。
本当はちょっとドキドキしたんだ。
いつもは絶対に触らせてくれない君のセクシーな長い指が、ずっと僕の頬に触れていたんだから。
……かなり痛みを伴ったけどね」
僕の隣に座っている紳一郎さんを窺がうと、すごく嫌そうな顔をしている。
「望、目を合わせるんじゃないぞ。こいつは男の手や指に欲情するヘンタイなんだ」
「シンイチロウ!そんな言い方はないだろ?
まあ、否定はしないけどね」
しないのか。
つまりアンリさんは手フェチの人なんだ。
そういえば抱きつかれる前に、僕の手をジロジロ見てたっけ。
危険なひとだなあ。
なるべく近づかないようにしなくちゃね。
「さっきはゴメンね、ノゾミ。
でも、あんなのは僕の国フランスでは普通の挨拶なんだよ?」
「はあ……」
ホントか?
「君も何か護身術を習ったほうがいいかもしれないな。
芦川君に言って……いや、若い女性はマズイか」
「あ、岳史が柔道をやってるから、教えてもらおうかな」
「……岳史って誰だ?」
「一番仲のいい友達です。柔道部に入ってて、
僕、必ず試合の応援に行くんですけど、とっても強くてカッコイイんです!」
「………」
紳一郎さんはなんだかムッとした顔をしている。
僕、何か変なこと言った?
「ダメだよ?ノゾミ。シンイチロウの前で他の男のこと褒めちゃあ。
それとも、妬かせるためにワザと言ってるの?小悪魔クンだなあ。
シンイチロウのハートを射止めただけのことはあるね」
アンリさんがニヤニヤしながら僕に言った。
「黙れ、アンリ」
「え?僕、そんなつもりじゃ……」
紳一郎さんが嫉妬なんかするわけないじゃないか。
別に僕のことが好きで結婚した訳じゃないんだから。
あの指輪のせいなんだから……。
あれ?悲しくなってきた。なんで?
このひとが変なこと言うから……。
僕は目の前でニコニコしているアンリさんをちょっと睨んだ。
それにしてもアンリさんてどういうひとなんだろ?
紳一郎さんとは随分親しいみたいだけど。
綺麗な人だけど、モデルさんだろうか?
フランス人なんだよね。
フランス?
「……………」
僕は、初めて紳一郎さんとキスをした夜にかかってきた電話を思い出した。
もしかしたら……
「アンリさんって紳一郎さんの愛人?」