第十二話
「望様!」
唇を死守しようと、必死に顔をそむけていると、
メイドの芦川さんが僕達の間に飛びこんできて、僕をアンリさんから引き離してくれた。
「申し訳ありません。私がついていながら……」
芦川さんは僕をギュッと抱きしめて言った。
「美形外人が嫌がるカワイコちゃんに襲い掛かる図なんてめったに見られないと思って、
ついウットリ……いえ、その」
見てたんなら、早く止めてよ!
「無礼者!」
芦川さんは、僕を抱きしめたままアンリさんに向かって叫んだ。
「このお方をどなたと心得る!
天下の朝吹グループの後継者、『朝吹紳一郎』の奥方様ですよ!
こんな不埒な真似をして……。
ええい!頭が高い!ひかえおろう!」
「……『ヒカエオロウ』ってどういう意味?
僕、五ヶ国語話せるけど、日本語が一番苦手なんだよね」
空気が読めないのかわざとなのか、アンリさんは無邪気な顔で首を傾げた。
「黙りなさい!さあみんな!この男を取り押さえるのよ!」
「はい!」
騒ぎを聞いて集まって来た何人ものメイドさんが、芦川さんの声に一斉に返事をした。
嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか?
「何の騒ぎだ?」
その時、低い男の声がした。
いつの間に帰ってきたのか、ドアのところに紳一郎さんが立っている。
秘書の人も一緒だ。
「……君達は何をしているんだ?」
紳一郎さんは僕と芦川さんを見て、眉を顰めた。
「離れなさい」
不機嫌そうな声だ。
「申し訳ありません!」
芦川さんは、慌てて僕の体を離して、さっきの出来事を紳一郎さんに話した。
黙って聞いていた紳一郎さんの顔が、どんどん険しくなる。
「アンリ……貴様」
紳一郎さんは、アンリさんを睨みつけた。
そして、拳を握り締めてアンリさんの正面に立った。
まさか……
な、殴っちゃうの?
紳一郎さんの手が上がるのを見て、僕は思わず目を瞑った。
「いひゃいよ、ひんいひろう……」
妙な声が聞こえて、恐る恐る目を開けると、
両方の頬っぺたを、紳一郎さんの手で思いっきり引っ張られているアンリさんの姿があった。
……美貌が台無しだ。