第十一話
紳一郎さんの仕事は相変わらず忙しいらしくて、帰ってくるのはいつも真夜中過ぎだ。
待っていなくてもいいと言われてしまったので、僕だけ先にやすませてもらっている。
なので、顔を合わせるのは朝の短い時間だけだった。
同じベッドで一緒に寝てはいるが、キス以上のことはなんにもない。
………キスだけでも僕はドキドキなんだけど。
電車通学は紳一郎さんからも却下され、迎えに来てくれた車で学校から帰ると
お客さんが僕を待っていた。
「アンリ・ジャンティル様です。紳一郎様の名刺をお持ちでした。
秘書の方からも連絡がありまして、お約束なさってるそうです。
望様にもお会いしたいと仰ってるんですが……」
紳一郎さん、今朝は何も言ってなかったけど……。
今日は早く帰ってくるのかな?
僕はそのままお客さんのいる応接室に案内された。
応接室に入ると、その人は座っていたソファーから立ち上がった。
そして、僕の方に近づいてくる。
上品なデザインのスーツを着た、金髪に青い瞳の綺麗な男の人だ。
……『貴公子』ってこういうひとのことを言うのかも。
ぼうっと見惚れていると、彼は僕の正面に立って微笑んだ。
「初めまして、ノゾミさんですね?アンリ・ジャンティルです」
よかった。日本語だ。
「初めまして、桃……朝吹望です」
お辞儀をすると、彼は僕に向かって手を差し出した。
握手?
そうか、外国のひとだもんね。
で、握手をしたんだけど……。
長い…。
アンリさんが手を離してくれない。
困って顔を見ると、彼はなぜか僕の手をじーっと見ている。
「あの?」
「んー。可愛い手だなあ。すべすべしてて、指も綺麗だし。爪も桜貝みたいだ」
彼はそう言って、いきなり僕をガバッと抱きしめた。
「わっ!」
「うん、いい抱き心地。細い腰だねえ。激しくすると壊れちゃいそうだなあ。
シンイチロウは優しく抱いてくれる?」
「え…ええっ?な、何を…!は、離してください!」
僕はジタバタと暴れたんだけど、体はがっちりと彼の腕に拘束されていて逃れられない。
「顔も可愛いし……唇はどんな味かな?」
アンリさんの綺麗な顔がどんどん近づいてくる。
キ、キスされる?
誰か助けて!
紳一郎さん!