scene.4 人の言葉を話す梟
グリム兄弟と出会った村を出発してから十日程過ぎた頃、僕等は森の中のとても深く暗い一帯に差し掛かっていた。
「いやいや、困ったね、夜になっちまったよ」
そうなのだ。そんな暗い森の中で迷ってしまったのだ。川の流れを見失い、それを探しているうちに日が暮れてしまったのだ。
「やばいよ、アンナさん、近くには村は見当たらないし、恐ろしい程に真っ暗だし……」
月も出ておらず、森も深くて星も見えない。本当の本当に真っ暗だ。
「確かに、もう、これ以上動くのは危険だね、仕方が無いから今日は此処で野宿しようかね」
「えっ、こ、こんな場所で野宿? ちょっと、こ、怖いよ、四方を森に囲まれていて、何処から何が出てくるか解らないじゃない!」
「だって仕方がないじゃないか、火を焚けば大丈夫だよ」
アンナは緊張感のない顔で言ってくる。
「まあ、確かに火がありゃあ、多分大丈夫だ、魔獣も寄ってこないよ」
ピーターはいつも楽観的だ。
そんなこんなで焚火を起こし、僕等はそれを囲うように座った。ただ背後は森でいきなり何かが出てくるか解らない状況だ。僕は周囲が気になって仕方が無い。
丸くなって座っている訳だから、僕はピータ―とアンナの背後を確認して、アンナが僕とピーターの背後を確認して、ピーターが僕とアンナの背後を確認する。
の筈なのだが、アンナとピーターはこくりこくりと頭を下げ始めた。僕の背後は一体、誰が見てくれるのだろう。
しばらくすると、背後からパキッっと木の枝が折れる音が聞こえてきた。そして、ぞりっ、ぞりっっと何かが近づいてくるような音が聞こえて来る。その音は次第に数が多くなってきている気配があった。
おいおい、な、なんなんだよ、この音は?
しかし、怖すぎて僕は振り返れない。
「ア、アンナさん、ピーター、変な気配がするよ、起きて、起きてよ……」
僕が小声で呼び掛けるも二人は俯いたままだ。
シュー、シュー
何これ、やばい、これは絶対やばいよ! 変な息使いが聞こえるじゃん!
もう限界とばかりに振り返ると、巨大な蛇が口を開けて目の前に迫っていた。ア、アンフィスバエナだ!
「うわあああああああああっ、アンナさん! ピーター! 起きて! 魔獣だ! 目が赤い魔獣だよ!」
危うい所で僕は躱すも、周囲にはアンフィスバエナがうじゃうじゃ居た。長い胴体の両端に頭がある奇怪な蛇だ。
「う、うわあああああっ、やばい、やばい! た、助けてえええええっ!」
そんな瞬間、巨大な羽を広げた何かがファサッっと現れ、鋭い爪でアンフィスバエナの胴を掴むと、それを引き千切った。
「えっ、な、なに?」
その何かは、更に直ぐに別のアンフィスバエナに襲い掛かり、爪で胴を抑えると、嘴で頭を突き仕留めていく。あ、あれは鳥なのか……。
「う~ん、何だい? 随分と騒々しいわね……」
アンナはようやく頭を上げてくれる。ピーターはまだ頭垂れたままだ。
「ア、アンナさん! 大変だったんだよ! そこの蛇が襲ってきて、そっちの大きな鳥が僕の事を助けてくれて……」
「鳥?」
アンナが改まって鳥に視線を送る。僕も改まって見た。
それは矢張り鳥だった。細かく言うと、胴体の部分が人の背丈程もある大きな梟だった。丸い目をキョロキョロさせて此方を見ている
アンナはピーターの脇当たりをつんつん突き目を覚まさせる。
「……ん、んん、どうしたんだアンナ…… うおっ!」
顔を上げたピーターではあるが、目の前にいる巨大な梟に驚いたのか唖然として固まっている。
「ふ、梟なのか?」
その梟は重く響き渡るような人語で僕等に話しかけてきた。
「……お前達……お前達は、深い森のアンフィスバエナの巣ともいえる場所で野宿だなんて、一体何を考えているのだ?」
「は、話した……」
僕は驚きの声を上げる。
「こんな場所で野宿していたら魔獣が一晩中ひっきりなしに襲い掛かって来るぞ」
やっぱり野宿するには危険な場所だったようだ。
「ここって、そんな場所なのですか…… じゃあ、僕等はどうしたら?」
僕の問い掛けに梟は少し考え込む。
「……とにかく、この場所で野宿を続けるのは危険だ。うむ、仕方が無いな、このオレが安全な場所に案内してやろう」
「ほ、本当ですか?」
魔獣の巣みたいな場所だと聞いて、その上で此処で一晩中過ごすなんてもう考えられない。
「オレについてくるがいい」
「え、ええ」
僕は頷く。
その梟は、ひょこひょこ小さく飛び跳ねたり、少し歩いたりしながら僕等を先導し始めた。
僕等は戸惑いつつも梟の後についていく。
木々の密度が少なくなってきた所で、一際太い大木が見えてきた。高さは他の木と左程変わらないが、とても太い木だった。
そんな木には大きな樹穴が開いており、梟はひょこひょこその中へと入っていった。僕等もそれに従った。
樹穴の中は想像以上に広く、鳥の住処といった雰囲気だった。だが鳥の住処どころか人の住処といった気配もあった。
「此処なら、安全だ」
「ねえ、因みに、あんた自身が危険じゃないという保証はあるのかい?」
アンナは魔法の杖で辺りを照らしながら問い掛ける。
「ふふふふ、オレはこんな姿をしているが本当は人間だ。信じてくれて良いと思うが、信じられないなら此処から離れればいい、オレは別に止めはしないぞ……」
それを聞いたアンナは軽く笑う。
「そうだね、あたし達を助ける義理もないのに助けてくれたんだし、あんたを信じる事にするよ……」
そう答えて、アンナは座れそうな所に腰を下ろした。僕とピーターもそれに倣う。
「……それで、あんたは元は人間だったって言っていたけど、なんでそんな姿をしているんだい? そして、こんな深い森の中でなんで一人で暮らしているんだい?」
僕等三人が抱いているであろう疑問を代表してアンナが問い掛ける。
梟は軽くわらった。
「それはそう思うだろうな、この姿に疑問を抱かない訳はないものな……」




