scene.18 エインヘリャル 赤の魔導士
「ふふふ、ミカエルの奴、とうとう人間の姿に戻れたみたいだね…… そうしたら……」
アンナは改まってピーターに声を掛けた。
「ピーター、悪いんだけど、あんたはカースチェイの魂の入れ物退治の方に回ってもらって良いかな? 今は鳥の状態だ。高く飛び上がれるあんたがいた方が有利だ。それに、ミカエルは戦える状態じゃないしね」
「いや、でも、あのカースチェイを抑える役目はどうするんだ? アンナ一人じゃ厳しいだろう?」
ピーターは首を捻る。
「とはいえ、あの魂の入れ物を始末しないと、カースチェイは倒せないんだろう? だったら、こっちは奴を何とか抑え込んでるから、さっさと始末して欲し所だよ」
「出来るのか一人で?」
「ふふふ、久しぶりに本気出してみようかね?」
アンナは不敵に笑う。
「わかった。さっさと鳥を始末する。目の前の薄気味悪いのは、任せたからな」
ピーターはニヤリと笑う。
「ああ、任せときな」
僕とメアリーは負傷状態で動けないミカエルを引き摺り茂みの陰に隠した。
「メアリーさん、君はヘンリック王子を見ててくれ、今度は君が王子を守る番だよ」
「はい」
そうして僕は黒鳩を倒すべくクロスボウを持ち再び前に出る。
アンナの攻撃で足を止められているカースチェイが唸り声を上げる。
「ぐううううううううっ、おのれ、おのれえええええええええっ! 邪魔立てしおって、貴様、許さん! 決して許さんぞ!」
先程の頭部への攻撃でカースチェイの被っていたフードが黒く焼け焦げ少し捲れ上がっていた。その為にフードで隠れていた顔が僅かに露見している。その顔は中年の女性のようだった。顔色は灰色で、髪は長くぼそぼそだった。目付きは赤く異様にギラギラしている。
「死んで詫びるがよい!」
カースチェイは心臓を掴み取るようなモーションを見せながら、アンナに襲い掛かる。
「そうはさせないよ! ヤイ・セイダマズル・ウェルザンディ・エルダー・ヴァーヴェル!」
アンナは構えた杖から螺旋を描く炎の渦を発した。
「くっ、くうううううううううううううううう!」
カースチェイは燃え上がる。だかローブは焦げているが、本体には火傷や傷は見当たらない。
「むっ、むう、ど、どういう事だ。この炎の攻撃はなんだ、我が身を焼く程ではないが、煙が纏わりつき息が詰まって呼吸が出来なくなるぞ……」
カースチェイは怪訝な表情をしながら炎の渦から姿を現す。
「あれも効かないのかい、流石だね、不死を求めているだけあるって訳だね」
アンナは少しだけ焦った様子を見せながら微かに笑う。
「ふん、私も魔法の攻撃を喰らわしてやる。これを喰らうがいい!」
カースチェイは杖を両手で握りしめると念を込め始めた。
「むおおおおおおおおおおっ!」
周囲に立ち込めた黒い霧が上に溜まり、そこから何筋もの稲光が漏れ光る。
「おっ、雷系かい! ちょっとヤバいかも」
「喰らえ!」
斜め上空からアンナに幾つもの稲妻が降り注ぐ、
「ひいいいいいいっ!」
怖がっている様子を表しながらも、アンナは頭上に防御魔法を展開し、幾筋もの稲妻をはじき返す。
優位性はカースチェイの方が上のようだが、アンナは余裕をもって捌いているように感じられた。
そんなアンナとカースチェイの戦いの一方、僕とピーターは黒鳩を倒すべく奮闘を続けていた。
「くそっ、矢が当たらないよ!」
ピーターも空中に飛び上がりダガーナイフで切り付けるも、黒鳩は空中で体制を変え避ける為に掠りもしない。また時折奇妙な鳴き声を発し、こちらの三半規管を狂わせ麻痺状態にしてくるのだ。
「ハンス、そうしたら、俺があの木付近で隠れて待っているから、矢でそっち側に追い出してもらえるか?」
ピーターが作戦を持ちかけてくる。
「了解やってみるよ」
僕は矢を番え何本もの矢を放つ、黒鳩が逃げる方向を考えながらだ。黒鳩はこちらの思惑に従いピーターの隠れている方へ逃げて行く。
「よし、今だ!」
ピーターが木の陰から飛び出し黒鳩に切り付ける。が、またもや黒鳩は体を翻して躱した。
「く、くそおおおおおっ!」
と、その時、別の木陰から一本の矢が飛んできて、それが黒鳩の羽を貫いた。黒鳩は上手く羽ばたけなくなり弱弱しく地上に落ちる。その木陰にはクロスボウを構えたヘンリック王子の姿があった。
「ミ、ミカエル!」
僕は思わず歓喜の声を上げる。
「よ、よし、い、今だ!」
ピーターは落ちた黒鳩に駆け寄ると、ダガーナイフで突き刺した。
「ぎゃああああああああああああああああああっ!」
祖母ちゃんと相対していたカースチェイが胸を辺りを抑えて呻いている。黒鳩はすぐに煙と化し、煙が晴れるとそこには白い卵が残されていた。
「こ、これが魂の入れ物なのか?」
ピーターが呟く。いよいよ、追い詰めたようだ。
カースチェイが胸を押さえたまま、ゆっくり身を起こす。
「ぐうううううっ、お、お前は一体何者なのだ?」
動揺した様子でカースチェイがアンナに問い掛ける。
「あたしかい?」
飄々とした様子でアンナは答える。
「全て、お前の所為だ。お前がいなければこのような状態に陥る事はなかった。そうだ、お前に私の行く手を妨害出来る程の力量がなければ、私はその矢を放っている若造と、カエルと、小娘と小人族を今頃全滅させていただろう…… そうだ私の魂が卵の状態になどはならなかった筈だ……」
カースチェイはじっとアンナを見る。
「お前は強い、なぜ巨人族である私を抑え込める。通常の人間ではそんな事は至難の業の筈だ。お前は一体何者なのだ?」
カースチェイはしつこく問い掛ける。
「う~ん、逆に聞きたいんだけど、フレン・カースチェイさん、あんたからは企みの匂いがプンプンするけど一体何を企んでいるんだい? 王子の呪いを解く事や老人の呪いを解く事を何故そんなに拒んだんだい? 悔いているんだから許してあげれば良いじゃないか、何故解くことを拒んだんだい? あんたは自分が巨人族だと言ったよねえ、そこの所に本当の理由が隠されているんじゃないのかい?」
アンナは探るような視線を送る。
「…………」
カースチェイは答えない。
「じゃあ、あたしが予想した事を伝えるよ、恐らくあんたは今のこのイルミンスール大陸の混乱や混沌を望んでいるんじゃない? だから王国を転覆させるような混乱を起こしだんだ。あんた、まさかとは思うけど、混沌に乗じてイルミンスール大陸の支配者にでもなろうとでも思っているのかい?」
「…………」
アンナがふうと大きく息を吐いた。
「まあ、いいさね、あたしは一度引退した身だけど、前にそういった不穏な輩からイルミンスール大陸の秩序を守る任に付いていたんだよ。ラグナログ後のこの世界の秩序を守る任にね」
「ま、まさか……」
「あたしは、以前、この世界で、エインヘリャル・ワルキューレ・バーバヤーガと呼ばれていたんだよ、またの名をエインヘリャルの赤の魔導士ともね……」
「お、お、お前、アース神族側の戦士だったのか……」
アンナとカースチェイの答弁の内容は難しく、僕には何を話しているのか今一理解できなかった。ただアンナが以前のこのイルミンスールで戦士だったという事だけは何とか理解できた。
「そんなんで、偶々引き受けちまった依頼だけど、依頼主が元の姿に戻ったから本当は依頼自体は終了と考えてもいいのだけど、その背後にいて何かを企んでいるあんたを倒さずには終われなくなっちまったんだよ」
「アース神族の戦士…… だ、だから、貴様の炎は普通ではないのか、だから貴様は強いのか!」
フレン・カースチェイは顔に恐れを表す。
「さてと、ピーター、そろそろ終わりにしよう。その卵を破壊してもらって良いかな……」
アンナが促す。
「ああ、了解だ」
ピーターが卵の真上でダガーナイフを構える。
「……ち、ちょっと待ってくれ! 解った老人の魂を返そう。もう呪いを掛けたりしない、私は単に思い上がった人間に罰を与えようとしただけなのだ。この世界の混乱など考えてはいない、だから……」
カースチェイが慌てた様子で命乞いをし始める。
「急に随分都合が良い話をしてくるんだね、自分は悔い改めた人は許さなかったくせにさ、何て言うか、思い上がっているのは、あんたの方だよね?」
「…………」
カースチェイは押し黙る。
「そうだ、一つだけ聞きたいんだけど、今、ダガーナイフを構えているピーターの親友がカースチェイと名のる者に殺されたみたいなんだ。それって、あんたの仕業かい?」
「い、いや、それは私ではない、そのような事実は記憶にはない……」
「ふ~ん、じゃあ、別の質問。カースチェイって名乗る存在は他にもいるのかな?」
「…………」
「また沈黙なのかい」
アンナは呆れた様子で息を吐いた。
「ピーター、もう良いわね、お願い……」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおっ!」
カースチェイは慌てた様子で杖を構え、ピーターに攻撃を仕掛けようとしてきた。
「悪いが魂は始末させてもらうぞ!」
ピーターは卵にぐさりとダガーナイフを突き立てる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!」
フレン・カースチェイは大きな悲鳴を上げつつ胸を押さえて蹲る。
「うぐううううううううううっ……」
「あ、あれ、倒せないね……」
アンナはきょとんとする。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ! おのれえええええっ!」
フレン・カースチェイは上目使いにギラりを目を光らせたかと思ったら素早く動き、今度は祖母ちゃんの心臓に向けて鋭い爪の生えた手を突き出してきた。
「最後に本体を倒さないと終れないって事みたいだね、じゃあ、ヤイ・セイダマズル・アースメギン・ガストル・ゲイルエルダー!」
アンナが杖を構えて炎の槍を放出する。そして、その炎の槍はフレン・カースチェイの胸を貫いた。
「がっ、ぐふっ……」
そのまま、フレン・カースチェイは前のめりに倒れ伏す。
「お…… おのれ…… エ、インヘリャ……ル……め……」
そして、完全に動きがなくなった。
しばらくするとフレン・カースチェイの体は黒い煙のようになって消えていったのである。




