蝶と庭と 二夜目:7
わたしたちの影がひとつ、またひとつと寄り添い、長く伸びて、淡い夜の記憶に溶けてゆく。シルシアはわたしの胸に頬を寄せ、目を閉じた。その胸の奥には、言葉にならない温かなものが広がっていた。ガラスの天井からは、ひときわ明るい星がわたしたちの舞踏を照らしていた。
わたしはふっと咲って、シルシアの手を引いた。シルシアもそれに応え、もう一度軽く身を躍らせる。
彼女の香りを乗せた風が草花を微かに揺らす。
ふたりは夜の庭をくるくると回り、夢と現の境目も、静けさも、すべてが遠のいていく。ただ、指先のぬくもりと、微笑みと、宙に舞う蝶の光だけがこの夜の世界を彩っていた。
わたしはそっとシルシアの耳元に囁く。
「この夜を、忘れないで」
「――ん」
その声は夜風とともに消えていくようでありながら、わたしの胸の奥に、そっと、確かな光を灯した。とても短いお返事だったけれど、彼女はきっと、忘れずにいてくれるだろうと思う。そう思ったら、別れも少し、淋しくないような気がしてきた。
月の詩の奏でが終わると、その魔法も次第に解けていってしまった。名残惜しいけれど、舞踏会は終わらなくてはいけないみたい。
今までのことは、夜の夢の熱に浮かされて見てしまった幻だと思ってくださいな。これはわたしたちだけの、秘密なのだから――。ね?
このまま終わってしまうのも、なんだか名残惜しくて、わたしたちはしばらく、今まで見た夢のできごとを話し合った。おとぎ話のような世界にできごとばかりが起こる夢のお話は、飽きることがない。お隣さんとの追いかけっこやお茶会はもちろんのこと、そこで起こるハプニングも楽しいものばかり。
夜の庭はふたりの心に合わせるように、ほのかにその姿を変える。小さなアーチの蔓花が咲き、露を宿した花びらがふたりの頭上を飾る。どこまでも夢のようで、けれど今この瞬間だけは、確かにふたりは寄り添って、お互いの熱を感じていた。
庭にはオルゴールの静かな音色が流れていた。星降る夜の音はきっとこんな音がするのだと思う。そんなことを思いながら、ガラス越しの夜空を眺めていたら、シルシアがわたしの肩に寄り掛かった。
わたしは、シルシアの横顔を一度だけ見つめ、また微笑んだ。彼女の長い銀の髪が肩先からふわりと落ちていく。淡い月明かりを受けて、柔らかな光沢を纏う。細く揺れる髪の一房が、頬に掛かり、透き通るような肌の上を滑り落ちていった。わたしはその髪を耳にかけて、最後にもう一度、小鳥のようなくちづけをした。
それが仔を愛する母のような気持ちだったのか、姫の目覚めを願う王子のような気持ちだったのか、わたしにはわからなかった。ただ、彼女の幸せを願う、呪いだったかもしれない。
「おやすみなさい。わたしたちの愛しい彼女――」
◆ 次節 明晰夢 ◆
蝶と庭と 二夜目、これにて閉幕いたします。
ご読了ありがとうございます!
いいねや感想をいただけると励みになります♡꜀(˶´꒳`˶ │




