蝶と庭と 二夜目:5
わたしは彼女の手を取り、ゆっくりとまた回り出した。ガラスの壁際に咲いた白いジャスミンの蔓が、夜風に揺れ、甘い香りを運んでくる。そのとき、ふと見上げると、一匹の小さな薄青い蝶が、静かにふたりの間へ舞い降りる。宙をゆらゆらと揺れ、まるでわたしたちを見守るように。そして、その仔はわたしの鼻に止まった。わたしは段々とむず痒くなって、ふと、泡沫が弾けるような音を零した。
その様子をみて、シルシアは咲う。微かに肩を竦める仕草が、その愛おしさを際立たせたようだった。わたしの胸の奥のくすぐったいこの想いは、彼女の繋がれていない手を添えて、口元を隠す仕草をみてしまったら、どうでもよく思えてしまう。
また、懲りずにわたしたちの間に降りてくる蝶に、シルシアは手を差し出す。蝶はその指に降りると、一瞬だけ青白く淡い光をまとい、ふたたび宙へと飛び立った。翅がわずかにきらめき、夢の欠片のように消えていった。
その光景にシルシアは目を細め、また、咲う。
わたしは思わず、彼女の頬に手を添える。意図を理解できていない彼女は、小首を傾げる。
温かくて、柔らかい。薄紅のふっくらとした唇に、指をかける。そして――。
わたしはシルシアの、彼女のその唇にキスをした。彼女は驚きで、キレイで大きな目を更に丸くする。慣れない甘さに、身を固めて動けなくなってしまっているのも愛おしい。彼女の頬はチトニアのように真っ赤になっていた。お人形のように無垢な彼女の肌は、その赤を隠す術を知らない。わたしはイジワルになって、もう一度、キスをした。逃げられないように、腰に回した手に力を入れて。
温かくて、柔らかい。薄紅のふっくらとした唇に、わたしの唇を何度も重ねた。そして――。
思わず息ができなくなって、わたしたちはお互いに、更にソレを求めてしまう。彼女のベチバーの香りが溢れてくる。
涙ぐんだ彼女は、肩で息をしていた。甘い目眩に襲われて、少し怒っているように見える。目から溢れた宝石をそっと拭い、身を寄せる。彼女の早くなった鼓動が、わたしの胸に直に伝わってくる。わたしのこの鼓動も、彼女に伝わっているのだろうか。ふと、そんなことを考える。愛しい彼女はわたしの気持ちを否定することなく、受け入れてくれた。
――きっと、シルシアは愛を否定することを知らない。
向けられた感情をそのままにして受け取り、飲み込んでくれる。それはきっと、とても哀しいことだ。わたしたち妖精にとって、その無垢さは愛おしく、手放し難い。永遠にそうあってほしいと願ってしまうけれど、それはきっと。
とても残酷なことなのだと、わたしは知っているつもりだ。「……もう少し、このままで」心の中でそう願いながら、わたしたちはもう一度、緩やかに回る。
今度は音楽も、花の香りも、星の光もすべてが静まり、ただわたしたちの吐息と心音だけが夜の温室に満ちていた。
いつか夜が明け、この夢が消えてしまっても、きっとこの夜の光景は、わたしたちの胸の中で静かに息づき続けるのだろうと思う。そう、願っている。月も蝶も花も、そしてあなたの手のぬくもりも。
――夢と現の狭間に生まれた、ただひとつの幸福な記憶として。




