蝶と庭と 二夜目:4
彼女のその指先は人肌を解かしてしまいそうなくらい、柔らかく、やさしかった。
「ねぇ、わたしと踊ってくださらない?」
瞳の奥には、星のような光が宿り、微笑む唇が静かに動いた。言葉はなかった。けれど、その仕草だけでわたしたちの間に流れるものは伝わる。
ティターニアはそっと、シルシアを温室の広間へと導く。蝶たちが、ふたりの周りをふわりと舞い、薄く透きとおった翅が月明かりを受け、青白い光の粒となって宙に漂う。花々はひそやかに揺れ、夜露の滴る音が、まるでオーケストラのようにさえ感じられた。
ふたりの灰被りの髪が、月光を纏い、流れるように揺れる。わたしは彼女の手を引いて、スカートの花を咲かせる。彼女もまた、その光の中で夜の妖精のように美しく映り、頬に淡い紅を差しながらその手を預けた。
夢と現の境目を失った舞踏会。ガラスの天井に浮かぶ月は大きく、柔らかな光を降らせ、スポットライトに照らされたかのよう。その光に照らされたわたしたちは、華やかなドレスを着たお姫さまになっていた。星月夜のように深い紫黒色のドレスは、白い彼女の美しさをより引き立たせていた。夜露に濡れた花はその光を受けて、まるで細かな宝石のように煌めかせる。ふたりの足もとで、濡れた花弁がふわりと踏まれ、その香りが夜の空気に溶ける。花の香り、夜の匂い、星の光。すべてがひとつになって、ふたりの舞踏に見入っているかのようだった。
腰を寄せて、回る度に、彼女の香りが鼻をくすぐる。わたしは、そっとシルシアを胸に抱き寄せ、耳元で小さく囁く。
「――ありがと」
その声はまるで夜風が運ぶ花の香りのようにほのかで、甘く、消え入りそうだった。
わたしの胸には、シルシアのぬくもりが静かに満たされていった。彼女もそうのなのかしら。そうだといいなと思う。
わたしの腕の中で、彼女はそっと目を閉じた。
温室の空気は花々とわたしたちの香りに満ち、静けさのなかに、布の擦れる音とガラスのようにキレイな靴の星のような音だけが響いている。
長く、細い。シルシアの睫毛の、その一本まで見分けられるくらいに近い。ゆっくりと瞬きをする度に揺れ、なんとも妖艶に感じた。ああ、彼女の目はこんなにもキレイだったのね。それはペリドットでもなく、エメラルドでもない。もっと深く、柔らかく、澄んでいる。そう、まるで極夜に靡く極光のように。ゆっくりと回って、彼女の目に当たる月明かりが変わるごとに、その極光もまどろむように重なり合い、波のように寄せては返す。まだ目覚める前の夢の中でしか見たことないような、淡く儚い神秘的な色彩。
その横顔も月光に照らされ、まるで夜の湖光に充てられた白い花のように儚く美しかった。耳に掛けられた小さな宝石が、ちらりと見えた。わたしはそっとその髪を撫でる。灰被りの銀糸は、指先を滑り落ちるたびに光を宿し、夜に溶けていく。
わたしたちの影は温室の床に寄り添い、細く長くひとつに溶けていた。
ガラス越しに映る月は、どこまでも丸く柔らかく、今夜だけは誰の夢も邪魔しないように静かに世界を見守っている。
その心地よさに、わたしはとある月の詩をくちずさむ。どこからかリュートの爪弾く音が聞こえるような気がする。十二時が回る前の幻想的な魔法の下で、どこかもの悲しい短調の調べにのせて、愛の勝利と心地よい人生を歌う。でも、わたしはその幸せを信じていないようでわたしたちの歌は月の光に溶け込んでいく。悲しく、美しい月の光は、木々の鳥たちには夢を見させ、そして大理石の噴水をうっとりと啜り泣かせたの――。




