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シルシアの手記  作者: ぺぺ
蝶と庭と
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蝶と庭と 白昼夢:9

 内容は殆ど覚えていない。けれど、夢から醒めた後に、『また同じ夢を見ていた』という感覚がある。その後に、哀しみという感情の波濤が押し寄せるような感覚に陥る。誰かが呼んでいる。誰かを探さなくてはいけない。そこに合理性はなく、計画もない。ただただ、追い求めるような焦燥に駆られる。

 夢の中では、必ず『彼女』がいる。何度も楽しい夢を、時間を過ごしたはずであるのにその声も、顔も、何も覚えていない。ただ、誰かがいたという感覚だけが残る。

 あるとき、その夢を見ているのだと気がついたとき。古びた石造りのある泉に出たことを覚えていた。その記憶を頼りに、その泉を探しに出たことがある。身も蓋もない夢の話に、なにをしているのだろうと自分の正気さえ疑ったこともある。

 夢というものは、基本的に自分の記憶にあるもので構成されている。いつか見た景色、いつか見た隣人。けれど、その夢で見た光景は『わたしのものではなかった』と。そう、断言できる。そのとき見た夢の光景だけは、鮮明に思い出せる――。

 

 ◆


 そして、見つけた。

 古びた石造りの建物がある泉を。夢の中で見たときよりも酷く朽ちて、枯れた蔓草に覆われていた。近くの木々は倒れ、その泉の周りだけ、命がないように見えた。

 森の奥深く、誰の記憶からも抜け落ちたようだった。葉擦れの音も鳥の声も、この場所だけは遠ざかり、空気は凍りついたように冷たく、しんと静まり返っている。泉の水は不気味なほど澄んでいるのに、底が見えない。月の光さえも吸い込まれるように沈み、ただ黒い鏡のように、ケット・シーを映し出した。

 空気は湿り気を含んで重く、肌にまとわりつく冷気が、薄布の奥まで染みわたる。わずかに香るのは、古い土と湿った石の匂い。森の緑の香りさえ、この泉の周りだけは消えてしまったようだった。

 泉の縁に近づけば、耳の奥で遠い囁きが響く。言葉にはならないが、呼ばれているような、追い返されているような、得体の知れない声。その声の正体を探ろうと目を凝らしても、ただそこには、自分の顔さえ曖昧にしか映らない、沈黙の闇が広がっているだけだった。ここは、生きているものが立ち入るべき場所ではないと、冷えきった空気が静かに告げていた。

 そして、その先にひとつの影を見た。



「――その後は、ただ、走ってその場から離れることしかできなかった」

「これより先は無であるという思考だけが、わたしを動かしていた気がするの」


 重々しい空気の中、トトは顔をしかめたままだ。


「その恐怖は、何が原因であるかわかるかい」


「いえ……ただ、怖い。それしか考えられなかったわ」


 考える仕草をしたような後、ゆっくりと目を開く。


「……それはきっと、本能的な恐怖、『死』ではないかと、ボクは考える」

「夢の中だけに存在する彼女、死を孕む泉……」

「実のところ、ボクもキミと同じ、その夢を見ていた」


 ケット・シーは顔を上げ、トトの顔を見る。


「ボクには、その『彼女』はボクらの愛しい彼女(シルシア)の顔をしていた。と、思う」

「けれど、ボクの記憶している彼女とは程遠い、似て非なるモノだと感じていた」


 トトはケット・シーの話を聞いて、自分の中にあった疑念が、確信に変わっていくのを実感していた。

 誰かと同じ夢を見る。何度も繰り返して、同じ夢を見る。もしもこれがお伽噺のような絵物語であったのならば、ボクらは剣を掲げて、声高らかに宣言するのだろう。「悪夢を払え!」と。けれど、見たものは本質的には悪夢ではなく、それこそ、穏やかな夢だった。夢を夢だと気づいたとき、闇に潜んでいた牙が首を切り裂く。だとするならば、やはりこれは悪夢なのだろうか。

 

「――ボクは彼女のことを、ティターニアと呼んでいた」


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