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シルシアの手記  作者: ぺぺ
宝石と人魚と

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宝石と人魚と:1

現在6,000字で執筆を中断しています。

 吐息が白く形を持って、世界へとけていくのが目に見える季節。深い、深い意識の海の底から現実へと浮かび上がる。濡れた身体はまだ重く、波に揺られては夢と今の間を浮沈する。身体は温かな巣から旅立つのは億劫で、太陽でさえも毎日寝坊する始末さ。世界の輪郭がだんだんとはっきりとしていく時間を、夢から醒めた夢のようにすごせるのは好きだけれど、雪の日はそうもいかない。そんな日はカンテラを灯して、微かな光で過ごすというのも、粋なものだ。

 でもやっぱり、暖炉で温まるのが一番好きかな。

 薪のパチパチと弾ける音、物語の頁を捲る、紙を擦る音。ゆりかごに揺れて、軋む音。それらだけが世界の音で、耳を澄ませば、雪の降る音さえも聞こえてきそうなほどだとも。

 この時期には温かなミルクがよりいっそう体に沁みる。両の手にじんわりと温もりを伝えてくれるカップに、カンテラに当てられて黄金色に煌めくスプーン一杯のハチミツを溶かしていく。それをゆりかごに揺られながら、読書をするというのが、誰であろうと文句を言わせない、至高のひとときだよ。

 愛しいボクらの彼女、シルシアは外ではしゃぐ方が好きなようだけれどね。むしろ彼女にとっては、その方が好ましいだろう。仔は元気であるのが一番だからね。その姿を見ていると、ボクらも元気を貰えるというものなのサ。


 ◆

 

 読書に耽っていると、古時計の鐘が鳴る。深く重みのある音は、繰り返すつどに幾度鳴っただろうか。その余韻が時の経過を物語る。そう思い顔を上げると、時計の針は頂点を指している。


「しまった、もうそんなに経っていたのか」


 言い訳をするように大きな独り言を吐き出し、換気も兼ねて、透明なガラスの殻を開く。雛が初めて世界を見るとき、その壮大さに身を打ちひしがれ、感動に産声をあげることに間違いはないだろうと感じる。その世界にボクらの彼女の姿こそ見えなかったが、彼女が楽しそうにしている声が聞こえてきた。


「朝からずっと遊んでいるというのに、元気なものだね」

「どうやら、ボクらの彼女は疲れと云うものを知らないらしい」


 冷たい、新鮮な空気をめいっぱい吸い込む。寒いのは厭だけれど、この空気が身体を循環していくのを感じるのは、案外好きらしい。

 一面の銀世界。無垢なる世界に穢れなど一切なく、どこまでも白が拡がっている。地上という名のカンヴァスは、冬という名の画布を纏い、やがてその作品に春という名の生命を描いていくだろう。毎年同じように描かれる作品ではあるが、二度として同じものは描かれない、壮大なテーマだ。そしてそのテーマに、ボクらという観客も共に描くことを赦された、もっとも寛大で残酷なテーマとも言える。この窓から見える世界を、どのように美しく描くかは、ボクらの手にかかっているのだから。


「センセー! シルキーちゃんもー! ただいまー!」


「いぇーい! お邪魔するよー!」


 彼女の腹時計がお昼を知らせたのか、丁度良い時間に帰ってきた。外の新鮮な空気に混ざって、パンの焼ける、バターのいい匂いもする。もう少しすれば、シルキーが美味しいご飯を振る舞ってくれることだろう。

 それにしても、ボクらの彼女の声に混ざって、何やらお客さんの声が聞こえたような気もする。ソレも相当元気なお客さんときた。これはひと悶着起こりそうだぞぅ。

 そんなことを思いながら、淹れ直したミルクを飲んでいると、お出迎えに行ったシルキーに叱られているような声が聞こえてきた。確かに、シルキーは家事好きの妖精だけれど、必要もなく守るべき場所を荒らされしまうのは、やはり厭らしい。

 怒られたのにもかかわらず、見ているだけで微笑ましくなるような顔でリビングにやって来たのは、新雪のような、雪玉のキミだった。


「おや、お客さんはセルキーだったのかい」


 そうだよー!という、元気な返事とともに、弾けるような笑顔を咲かせて見せる。


「ここまで遠かったろう、お疲れ様。ミルクでも飲んでいくかい?」


「うん! 飲む! 金色のお水も入れてほしいな!」


 ハチミツのことだね。と、訊けば、うん! と、大きく頷くその姿は、あまりにも愛らしい。


「ハイ! シルシアちゃんの分もお願いします!」


 少し遅れてやって来たボクらの彼女は、元気よく追加の注文をする。

 自分でやってと言わんばかりの視線を送ってみても、彼女は動じそうにない。仕方がない、甘えたさんだと思って淹れて上げるとしよう。そういうところもかわいいからね。でも。


「ねぇシルシア」


 彼女はきょとんとする。


「靴の濡れ具合はどうだい?」


 彼女は足元を見て、足踏みをする。わざとらしく考えるような仕草をして、言った。


「びっちょりですね!」


 セルキーはいっぱい遊んだからね。と、彼女と顔を合わせて咲う。ボクはシルキーと相槌を打って、意気投合する。彼女たちをしっかり捕まえて、逃げられないようにするのを忘れずにね。


「……じゃ、お風呂に入ろうね」


 シルシアとセルキーは声にならない声を上げながら、ボクらに引きずられていく。

 雪をたっぷり食べた服はとても太って、重たくなっていた。こんな服を着ていたら、妖精であるセルキーはともかく、シルシアは風邪を引いてしまう。ここはお風呂で、ゆっくり身体を温めるべきだよ。

 入る前はイヤイヤだった彼女たちも、一度湯船に浸かってしまえばおとなしく、泡で遊んでいる。

 その間に、濡れていた服はシルキーが乾かしてくれているだろうし、新しいふわふわの服も用意してくれていることだろう。

 ボクはその間に、リビングでもキレイにしておこうか、と思ったけれど、既に埃ひとつないときた。うん。シルキーはキレイ好きだからね。シルキーを手伝おうかとも考えたけれど、やめておくことにした。喩え善意であっても、妖精から仕事を取り上げるのは良くない。まさにその存在価値を否定するようなものだからね。

 どうやら、ボクにできることはなさそうだ。ならば、お風呂で戯れている愛しいボクらの彼女たちを見守るとしよう。

 愛しいボクらの彼女たちは、バスタブでふたりして大きな泡を作って遊んでいる。セルキーの顔くらいはある泡をいくつも作って、お風呂場に浮かせている。ある意味ではとても幻想的で、誰もが一度は憧れるような空間になっていると言ってもいい。泡で雪だるまを作ったり、似顔絵を作ったり、はたまた人形を作って踊らせている。……なかなか器用だね? これもセルキーの力の一部ということかな。ボクは自分の膝に肘をついて、その温かな空間を見守っている。これを幸せと云わずして、なんと云おうか。でも、そろそろその時間もお終いだ。なんてったって、今はお昼だからね。家の中にいるというのに、ご飯を食べないという選択肢はなしなのサ。

 ご飯の時間だからそろそろ上がろうか。と、声を掛ければ、え~という抗議の声が響く。先程まで入ることを厭がっていたことは、すっかり彼方へ忘れ去られてしまったらしい。その愛おしさに、ボクの顔からは自然と笑みがこぼれる。

 さて、こんなときは、別の誘惑で釣ればいい。


「じゃあシルキーの美味しいご飯はお預けかな、キミたちの分はボクが食べてしまうからね」


 愛しいボクらの彼女たちからは、ヤダーッ! という声が上がり、足早にお風呂を上がろうとする。先程までの優雅さの欠片はたちまち泡沫とともに弾け、流されていく。ちょっと、キミたちには乙女の嗜みというものはないのかい!?

 急いでバスタオルを被せ、もみくちゃにする。もちもちの頬はいつまでも揉んでいられる。身体についている水滴を大体取り除いたら、後は不思議なチカラでちちんぷいぷいというやつさ。現代科学であっても到達できない、不思議なチカラというものは、やはり手放せそうにない。髪や服を一瞬で乾かすなんて芸当、科学で解決しようものなら、必ずや傷んでしまうだろう? 不思議なチカラ……いわゆる、人間の言う魔法や魔術なんていうものは、そういう心配はしなくていいからね。実に便利なものだよ。

 


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