蝶と庭と 白昼夢:2
しばらくすると、バターの香ばしい香りで目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていようだった。どうやら、習慣にない早起きは受け付けてくれないらしい。
テーブルには、既に朝食の用意がされていた。焼き立てのパンに、ブラックベリーのジャム。セピア調のお茶が、温かな香りを奏でていた。トトはもうパンを頬張っていて、時折カップを傾けている。シルキーはシルシアが目を覚ましたことに気がつくと、ふわりとテーブルクロスの端を直して、手招きした。
シルシアは寝ぼけたままの重くなった身体を起こして、席につき、香ばしいパンを頬張った。
バターの香りが鼻をくすぐり、思わず咲ってしまう。ブラックベリーのジャムをつければ、また変わった優しい甘さがクチの中いっぱいに拡がる。お茶で喉を潤してその甘い記憶も飲み込めば、またおいしいパンを味わえる。
パンを食べ終える頃、ウサギを模ったリンゴが出された。
――また、同じ夢を見ている。
そんな気がした。
けれど、その違和感は言葉にできないほどに曖昧で、霧がかかったように思い出すことさえままならない。見ていた夢を思い出そうと、夢とリンゴを懸命に咀嚼してみるものの、これといった成果は得られるはずもなかった。ただただ、クチの中にはリンゴの甘酸っぱくてみずみずしい味が広がるばかりで、夢の内容はぼんやりとしたままだ。
「今日は久しぶりに、お茶会の予定があるんだった」
トトが思い出したようにクチにしたことを、いつも飲んでるじゃないですか。と、目を細めてじっと見れば、今日は愛しいボクらの彼女たちとの、大切なお茶会なのだと言う。その彼女たちとは、プーカにケット・シーだと言う。
お茶会があるとなれば、準備をしないわけにはいかない。たくさんのおかしを作って、楽しい一日にできなければ、面目が立たない。トトは突然その事実を告げたものだから、シルキーに頬を引っ張られて、赤く染めていた。さすがにシルキーひとりに任せるのも悪いので、今回ばかりはみんなでおかし作りをすることにした。シルキーもそれを拒否することなく、隣に立つことを許してくれた。
シルシアは花の装飾をあしらった、リネンのエプロンを首に提げて、クッキーの生地を薄く伸ばしている。木の匙でハチミツとハーブを加え、最後に花から汲んだ魔力を入れる。それには窓辺に置いてあった青いジニアの花を使った。人間が食べる分には魔力をいれる必要はないけれど、自然の孕んでいる魔力が一番のごちそうである愛しの隣人たちにより美味しく食べてもらうには、欠かせない工程となる。
シルキーはたくさんのリンゴを用意して、パイ生地を伸ばしていた。今から作り始めれば、お昼すぎにちょうどできあがる頃だろうか。きっと、愛しの隣人たちがお茶会にやって来るのも、その頃になる。
ふたりがおかしを作っている間、トトはお茶会場の手配をしていた。普段はめったに使われることのない長テーブルに、アンティークチェアをどこからともなく取り出してきて、庭に広げていた。テーブルクロスを広げて、食器を並べ、中央に花瓶を飾れば、愛しい隣人を迎える準備は万全と言ってもいい。準備がひと区切りついたトトは、誰もいない会場を見渡して、息をつく。魔法使いの自慢の庭に、小さな幸福の香りが満ちていった――。




