表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/8

第6話「日常?」

小鳥のさえずりが聞こえる。窓から差し込む朝日が眩しい。

なんて爽やかで、爽やかで……?


(……あ、脚の感覚がない……!)


俺はソファの上で、彫像のように固まっていた。

原因は明白。俺の太腿の上で、未だにスヤスヤと安らかな寝息を立てている宇宙最強の美少女、リナのせいである。

昨晩、膝枕をしたまま俺もいつの間にか寝落ちしてしまったらしい。全知全能さんが身体強化スキルをオートで発動してくれていなければ、俺の脚は血流不全で壊死していたことだろう。


「……んぅ……」


リナが身じろぎし、俺の腹に顔を埋める。


「にく……にく~……」

「夢の中でも食ってるのかよ」


可愛らしい寝言にほっこりしたのも束の間、リナがパチリと目を開けた。

寝起きとは思えないほどクリアなサファイアの瞳が、至近距離で俺を捉える。


「…………あ、おはようございま」


ドカッ!!


「ぐえっ!?」


挨拶よりも早く、みぞおちに衝撃が走った。

リナが俺の腹を蹴って飛び退き、食器を破壊しながらに机上に着地したのだ。


「な、なにするんですか……!」

「なんだ、ユウトか」


リナは警戒心を解くと、大きなあくびをした。


「どうりで硬い枕だと思ったわ」

「硬くて悪うございましたね! でも蹴るこたないでしょ!」

「寝起きに男の顔があったら、反射的に蹴るでしょ、普通」

「どんな防衛本能だよ!」


お風呂で背中を流してもらうのは良くて、膝枕でこの仕打ち。あまりにも理不尽だ。

だが、リナは悪びれる様子もなく、ボサボサになった金髪を指で梳いている。


「お腹減った。ご飯にしましょ」

「……はいはい」


結局、俺は今日も今日とて家政夫としての一日をスタートさせた。


♢♢♢

                   

昨夜の晩飯に負けず劣らずの豪華な朝食を平らげた後、俺たちは装備を整え、玄関に立っていた。もっとも、装備なんて立派なものは何もない。俺もリナも、衣服のみの軽装である。


「じゃ、仕事に行きましょうか」

「へいへぇ!? 仕事!? リナさん、働いてたんですか!?」

「当たり前でしょ? 働かざるもの食うべからずって知らないの?」

「いや、知ってます、ってかそれ俺がいた世界のことわざってそれは今どうでもいい! なんの!? なんの仕事してるんですか!」

「そりゃあ、私ほど強い人間がする仕事なんて一つでしょ」

「暴行、傷害、殺人……どれですか? もしかして全部?」

「どうやら躾が足りないみたいね」

「え、ちょ、ま、」


俺はみぞおちにワンパンを喰らったあと、再び昨日の森へと向かった。


「今日の依頼は月影草(げつえいそう)の採取よ」

「月影草?」

「着いたら教えるわ」

【報告:『月影草』人や動物が少ない深き森に生える多肉植物。肉厚な葉にはきわめて高濃度な治癒効果があり、ハイポーションの材料に使われる】


ふむふむ、確かに簡単っぽい。道も知っているようだし、俺の出番は暫くなさそうだ。

にしても、まさかリナの職業が冒険者とは。

恰好やら何やらでてっきりどこぞの世間知らずのお嬢様とばかり思っていたが、あの暴力性を考えれば確かに冒険者のほうがしっくりくる。

名のある冒険者なら屋敷を買ったり、身なりを整えるお金も持っていて当然だ。検問も顔パスくらい出来るだろう。


「あ、リナさん」

「分かってるわ」


シュンッ。

一瞬の蹴りで、前方から走ってきた『シャドウ・ウルフ』10体が消滅する。

俺は落ちた魔石を念動サイコキネシスで回収し、無限収納(インベントリ)に放っていく。

とっても簡単なお仕事だ。

もはや彼女の人間離れした強さには何も言うまい。いちいち突っ込んでたらキリがないからね。


「にしても、あなたのそれ、便利ね」

「『念動』ですか?」

「ええ……。私も浮かしたり出来るの?」

「出来ると思いますけど、長時間は無理ですよ?」

「……そう」


これ絶対自分のことを運ばせようとしたな。こわやこわや。

そんな雑談をしながら、道なき道を進んでいく。

数時間後、俺たちは目的の群生地に到着した。薄暗い木陰に、淡く青光りする草が一面に生えている。


「おお、これが月影草……綺麗ですね」

「取り敢えず3つでいいわ」

「3つですか? ちょっと多めにとっておいたほうが……」

「月影草は貴重だから、必要な分だけ取るのが決まりなの」

「なるほど」


採集はあっという間に終わった。

道のり数時間、採集一分。

なんだか釈然としない。が、冒険者のリアルなんてこんなものだろう。


「じゃあ、戻りましょうか」


俺が立ち上がろうとした、その時だった。

ズズズズズ……。

地面が大きく揺れた。

地震? いや、違う。


「グゴォォォォ……」


俺たちの目の前の地面が盛り上がり、巨大な岩塊が姿を現した。岩でできた身体。太い腕。光る赤い目。


【敵性反応:『ロック・ゴーレム』。レベル35】

【分析:物理攻撃への極めて高い耐性を獲得しています。スキルによる属性攻撃を推奨】


通常なら逃走推奨の相手だ。硬い岩のボディは生半可な剣やスキルを通さない。だが、俺には――


「ここは俺に任せてください、リナさん」


昨日の汚名返上のチャンスだ。

俺は一歩前に出る。

世界最強の俺なら、あんな岩塊、一撃で粉砕できる。


「見ててください、俺の――」


ドガァァァァン!!

俺の決め台詞は、爆音にかき消された。

横を通り抜けた暴風。そして目の前の光景。

ロック・ゴーレムの上半身が、消滅。

粉々に砕け散った岩石が、パラパラと雨のように降り注ぐ。


「……分かってた。分かってたよ」


見れば、リナが右足を高く振り上げたポーズのまま、つまらなそうに立っている。


「物理耐性とは一体……」


俺の全知全能スキルが、遠い目をした気がした。

岩だろうが何だろうが、この女の前では豆腐と同じらしい。


「なにボーっとしてるの。はやく魔石拾って」

「……はい」


俺は粉々になったゴーレムの残骸から、虚しく転がる魔石を『念動』で回収した。


「じゃ、帰るわよ」

「……はい」


俺は溜息をつきながら、最強のヒロインの背中を追いかけた。


街に着いたのは、あれからさらに数時間後のことだった。

依頼自体は一分で終わっても、移動だけで八時間近い道のりだ。

この強靭な肉体を以てすれば大したことではないはずなのだが、どこか精神的な疲れを感じる。

煩悩を残すために頭脳は前世のままにしたのがいけなかったのだろうか。

そんなことを考えながら、例のごとく検問を素通りして街に入る。


全知全能さんの話では、ギルドは表通りを真っ直ぐ行ってすぐだそうだ。

ぱっぱと手続きを済ませて、はやく家に帰ろう。あ、どうせなら俺も登録しとくか。リナと一緒にいれば勝手にランク上がっていきそうだし。

しかし、俺の予想とは裏腹に、リナは裏路地に歩みを進めていく。

奥へ、奥へ。

どことなく古びた建物が増えてくる。


「あの、リナさん……」


俺は恐る恐る声をかけた。


「ギルドはあっちですよね? こっちはどう見てもスラム街というか、治安が悪そうというか」

「……シャキッとしてなさい」


すれ違う人々は皆、目つきが鋭く、身体のどこかしらに傷があったり、怪しげな刺青を入れたりしている。 俺のような元日本人が足を踏み入れてはいけないエリアだ。


【警告:周辺の治安レベルE。スリ、恐喝、強盗の発生率高め】

【対策:財布を隠し、目を合わせないこと】


何か起きても容易に解決出来ると分かっていても、この空気感に慣れることは一生ないだろう。

俺の前を歩くリナは、我が物顔で道の真ん中を歩いていく。

すると、路地裏の奥にある、看板すら出ていないボロボロの扉の前でリナが足を止めた。


「着いたわ」

「ここ、何屋さんですか? 闇の武器商人とか?」

「入るわよ」


リナはノックもせずに扉を勢いよく開けた。

カランカラン、という軽やかなベルの音と、ギギギ……という扉の悲鳴が同時に響く。


「いらっしゃ――おや、また来てくれたのかい」


店内にいたのは、片眼鏡をかけた白髪の老人だった。

カウンターの奥で煙管(キセル)を吹かしており、その風貌はいかにも裏社会のフィクサーといった感じだ。

店内には、干からびたトカゲの死骸や、妖しく光る液体が入った瓶、呪われていそうな短剣などが所狭しと並べられている。


「これ」


リナは懐から月影草を取り出し、カウンターに置いた。


「ふむ……」


老人は片眼鏡の位置を直し、月影草を手に取ってじっくりと観察する。


「……こりゃあ上物だ。根の処理も完璧、葉の瑞々しさも損なわれていない。お前さんが採ってきたにしちゃあ、随分と繊細な仕事だ」


あ、それ俺の仕事です。正確には、全知全能さんの完璧なサポートのおかげです。


「わざわざ取ってきてあげたって言うのに、ずいぶんな物言いね」

「いやぁ、すまんすまん」

「……ついでにこっちも買い取ってくれる?」


リナは鼻息を一つ鳴らすと俺の方を顎でしゃくった。

俺は無限収納から、先ほど回収したロック・ゴーレムの魔石を取り出し、カウンターに置く。


「お前さん、無限収納のスキルを持っているのかい。羨ましいねえ」

「あ、はい。どうも?」

「だが、あまり人前でスキルは見せないほうがいい。変な連中に目を付けられるのも面倒だろう?」


確かに。今まで深く考えずに使ってきたが、『錬金術』みたく失われたスキルもあるわけだし、ところかまわず使うのは良くないかも。


「ご助言、感謝します」


老人は微笑みながら軽く頷くと、続けた。


「で、ゴーレムとシャドウ・ウルフの魔石か。……少しばかり傷は多いが、悪くない。高値で買い取らせて貰うよ。それはそうと……」


老人の目が訝しげにリナに向けれる。


「うちに卸してくれるのはありがたいが、お前さん、あまり派手に動くと――」

「いいから。さっさと査定して」


老人は暫く沈黙したあと、大きく溜息をつき、煙管の煙を吐き出した。


「……余計な世話だったね。どれ、月影草が金貨3枚、魔石が金貨8枚。しめて金貨11枚だ」


丁寧に重ねられた金貨が、カウンターに積まれる。

リナは金貨を鷲掴みにすると、それを自身のポケットに放り込んだ。


「よし、帰るわよユウト」

「あ、はい……って、あの、リナさん?」

「なに」


店を出て歩き出したリナに、俺はずっと疑問に思っていたことをぶつけた。


「なんで普通のギルドに行かないんですか? リナさんの実力なら高ランクの依頼を受けたほうがよっぽど稼げますよね?」

「…………」


俺の言葉に、リナの足がピタリと止まった。

彼女は俺の方を振り向くことなく、背中を向けたまま、少しの間沈黙した。


「……手続きが面倒なのよ」

「え、それだけ?」

「組合で仕事を請ける時は身分証が必須なの。そういうの、なんというか、嫌いなのよ……」


リナは、再び歩き出しながら、低く呟いた。


「それに、あんまり名前を売ると……うるさいハエが寄ってくるから」


その声には、いつもの尊大な響きとは違う、どこか冷たく、拒絶的な色が混じっていた。


【分析:対象の心拍数がわずかに上昇】

【検知:微弱な憂鬱、および警戒心】

【推測:過去にストーカー被害、あるいは多額の借金取りに追われている可能性】


全知全能さんの推測が世知辛い。でも確かに、これだけの美少女でこの強さだ。変な男に言い寄られたり、あるいは逆に強すぎて恨みを買ったりしているのかもしれない。


「……詮索はなしよ、ユウト」


釘を刺すような鋭い声。

これ以上踏み込むなという、明確な拒絶。


「詮索するつもりなんてありませんよ」

「分かってるならいいわ」


リナの纏う空気が、ふっと緩んだ。

彼女は振り返り、悪戯っぽくニヤリと笑う。


「あー、お腹減った。お金も入ったことだし、今日の晩御飯は超豪華にしましょう」

「仰せのままに。市場で新鮮な魚でも買って帰りましょうか」

「採用! あと肉と甘い果物もね」

「肉どんだけ好きなんですか!」


リナが俺の前を歩く。その背中は宇宙最強の力を持ちながらも、どこか孤独な影を背負っているように見えた。 ギルドに行かない理由。身分を明かしたくない事情。 訳あり物件なのは屋敷だけじゃなくて、このご主人様も同じらしい。


「……ま、深く考えるのはよそう」


首を突っ込んで解決できるとも限らないし、何より今は、この平穏?な生活を守るのが最優先だ。 俺は全知全能スキルで今夜の市場のおすすめ品を検索しながら、リナの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ