第5話「全知全能の無駄遣い」
風呂から上がり、さっぱりしたリナは、上機嫌でリビングのソファに座っていた。
「肉と甘いもの、でしたよね」
「そう言ったでしょ。早く」
王様のような態度で命令を下すリナ。俺は廃墟……改め、立派な屋敷のキッチンに立つ。
当然ながら食材はないし、魔石で機能する冷蔵庫も空っぽだ。
普通の人間ならここで「ちょっと買い出しに」などと言って、リナの機嫌を損ねるだろう。
だが、俺はこれでも世界最強。
「(リナに勝てない以外で)俺に出来ないことは、多分ない!」
誰も見ていないのをいいことに、カッコつけて指を鳴らす。
「スキル『探索』! 対象:周辺の野生動物!」
【検索:『リーフラビット』×2、『ランニングバード』×1。裏の林に確認】
「よし、食材確保だ」
俺は窓を開け、指先を森に向ける。
「『念動』!」
数秒後、見えない力によって捕獲されたウサギと鳥が、キッチンの勝手口にお届けされた。
さすが全知全能。食材の調達もデリバリー感覚だ。
流れるままに、アニメでよく見る首をトンみたいなやつで、獲物を絶命させていく。
「次は調理だな」
スキル『解体』で、一瞬にして肉、骨、皮に分離させる。さらに『浄化』で血抜きと臭み取りも完璧。
「メニューは……リナさんのリクエスト通り、ガッツリ肉料理でいくか」
メインディッシュは『ランニングバードの香草焼き』&『リーフラビットの赤ワイン煮込み』。 デザートは同じく裏の林で取れた『謎フルーツのタルト』。
調理器具がない? 『生成術』で調理器具を作成。 火がない? 『着火』で火力も自由自在。 調味料がない? 『錬金術』でその辺の草をスパイスに変換。
ぶっちゃけ、スキルを使えばそのまま料理も生成出来てしまうが、ここは敢えての手作りだ。
「……俺、料理人もいけるな」
15分後。 香ばしい匂いが屋敷中に漂い始めた。
「お待たせしましたー!」
俺は両手に皿を持ち、リビングへと運ぶ。
テーブルに並べられた料理を見て、リナが目を丸くした。
「……これ、アンタが作ったの?」
「まあ、スキルも使いましたけどね」
「ふーん……」
リナはフォークを突き刺し、ランニングバードの肉を口に放り込む。
咀嚼。ゴクリ。沈黙。
(……味付、濃すぎたか?)
緊張が走る。
リナがゆっくりと顔を上げた。
「……美味しい」
「よかった!」
「お店のやつより美味しいかも」
本日二度目のお褒めの言葉。 俺の中でガッツポーズが炸裂する。
リナはその後、猛烈な勢いで皿を空にし、デザートのタルトまでペロリと平らげた。
「ふぅ……食った食った」
満足げにお腹をさするリナ。
その顔に、出会った時の殺戮マシーンの面影はなく、ただの満腹な美少女だった。
「ごちそうさま。……で、ユウト」
「はい、片付けますね」
「それは後でいいわ。ちょっと座りなさい」
リナがソファの隣をポンポンと叩く。
え、何? 説教? それとも食後の運動?
俺が恐る恐る隣に座ると、リナは不意に俺に身体を預けてきた。
「えっ!?」
「……動かないで。枕代わりよ」
リナの頭が俺のふとももに乗る。
甘いラベンダーの香りが鼻をくすぐり、柔らかい髪の感触と体温が直に伝わってくる。
「あ、あの、リナさん?」
「……うるさい。眠いから静かにして」
リナは目を閉じ、あっという間にすー、すー、と寝息を立て始めた。
マジかよ。野生動物とは思っていたが、マジで猫だったのか。
【分析:対象は『満腹』および『入浴によるリラックス』により、睡眠欲求が最大化しています】
【分析:対象の警戒レベル、ほぼゼロ。ユウトを『無害な家具』として認識中】
家具かよ! でもまあ、殺されるよりはマシか。
俺はふとももに乗る温もりを感じながら、窓の外の二つの月を見上げた。
世界最強の力を持ちながら、俺がやったことと言えば、 掃除、風呂、料理、そして膝枕。明日には洗濯あたりもさせられそうだ。
「……ま、こういう異世界生活も、悪くない……のかな」
全知全能の無駄遣い。でも、この寝顔を守れるなら、それもまた最強の使い方なのかもしれない。
俺は苦笑しながら、眠り姫が起きないように、そっと身体の力を抜いた。




