第4話「お嬢様の入浴事情」
「――きなさい。……おきなさい」
身体を揺すられる感覚で、俺は意識を浮上させた。
目を開けると、そこには至近距離に迫る絶世の美少女の顔があった。
「うおっ!?」
俺は飛び起き、ベッドのヘッドボードに頭頂部を強打する。
「いってぇ……! な、なんですか急に!」
「何ですかじゃないわよ。夕飯の時間になったら起こせって言ったじゃない」
「え?」
窓の外を見ると、既に日は落ち、空には二つの月が輝いていた。しまった、爆睡しすぎた。ってか月が二つある!?
「ご、ごめんなさい! すぐに用意します!」
リナは不機嫌そうに腕を組み、ジロリと俺を睨んだ。
「ご飯の前に風呂に入りたいんだけど」
「風呂ですか。確か一階にありましたよね……」
部屋割りの時に確認したが、この屋敷には立派な浴室があった。
水を浴槽に溜めて魔石でお湯を沸かすタイプだが、俺の全知全能ならお湯張りなんて一瞬だ。
「お湯、沸かしてきて」
「はいはい、分かりましたよ」
俺は一階へ降り、浴室へ向かう。
浴槽に手をかざし、『小瀑布』で浴槽を満たし、『着火』で適温に調整する。
ついでに『効果付与』で、リラックス効果のある香りを付与。
完璧だ。我ながらいい仕事をする。
「リナさん、沸きましたよー」
呼びに行こうと浴室を出た瞬間、脱衣所でリナに出くわした。
彼女は既にドレスを脱ぎかけ――てはいなかったが、リボンを解き、肩を露わにしている状態だった。
「……何見てんの?」
「見てません! 何も見てません!」
嘘です。白くなめらかな肩のラインをガン見しました。ってか来るの早すぎだろ。俺じゃなきゃこんな早く沸かないよ!?
【補足:心拍数が通常時の1.5倍に上昇しています】
「ふん。まあいいわ。入るから、背中流しなさい」
「はい……え?」
今、なんて言った?
「せ、背中?」
「そう言ったでしょ。従者が主人の世話をするのは当たり前よ」
「いや、俺は従者じゃないし! ってか男だし! そういうのはメイドの仕事でしょ!?」
「メイドなんていないじゃない」
「ぐうの音も出ない正論!」
リナは不思議そうに首を傾げた。
この娘、羞恥心という概念が欠落しているのか? いやでも、会った時にパ〇ツの色を言ったらキレてたよな。それとも、俺のことを異性として認識していないのか? 後者だとしたら泣ける。いや、前者でも泣ける。
「い、いや、流石にそれはマズイです。俺の理性が持ちません」
「理性? 何それ美味しいの?」
「そのネットスラング誰に教わったんだよ!」
リナはため息をつくと、俺の胸倉を掴み、強引に浴室へと引きずり込んだ。
「ごちゃごちゃ煩い。さっさとやりなさい」
「神様、助けてください。俺は今、試されています」
もうどうにでもなれ。俺は覚悟を決め、タオルを手にした。
「なんかいい香りがするわね」
「ラベンダー……って分かります? 花の入浴剤です。美肌効果もあるんですよ」
「……へえ」
必死に視線を天井の隅に固定する俺の背後から、感心したような声がし、そのままチャプ、と水音がする。
「良い湯加減ね」
その言葉と共に、ザブゥン、とお湯の弾ける音が響いた。
俺は恐る恐る振り返る。
そこには、白濁したお湯を顔からかけ流し、気持ちよさそうに目を細めるリナの姿があった。 濡れた金髪が肌に張り付き、湯気で頬が紅潮している。 ……破壊力が凄まじい。これは素直に見惚れざるえない。
「……ふぅ。最高~」
リナは満足げに唸ると、クルリと背中を向けた。 白く、華奢で、傷一つない綺麗な背中が、湯気の合間から露わになる。
「ほら。背中」
「……はい」
俺はタオルを手に取り、震える手で彼女の背中に触れた。
滑らかな肌触り。触れた瞬間、彼女の体温が伝わってくる。
(落ち着け。これは清掃作業だ。国宝級の壺を磨くのと一緒だ)
自分にそう言い聞かせ、俺は優しくタオルを動かす。 全知全能で最適な力加減を算出しながら。
「……ん」
リナが小さく喉を鳴らした。
「そこ、いいわね。……上手じゃない」
「そ、そうですか。光栄です」
俺、もしかして才能あるのか? 異世界最強の背中流し師とかになれたりする?
「……ねえ、ユウト」
背中を流されているリナが、ポツリと呟いた。
「はい?」
「アンタ、私のこと怖くないの?」
意外な問いかけに、俺の手が止まる。
「え、いや、怖いですけど」
「即答って……」
リナは笑ったが、どこか自嘲を含んでいる気がした。
「普通は逃げるか、媚びてくるか、殺しに来るかのどれかよ。私の力を見たらね」
「ああー……」
「でもアンタ、ビビってるくせに、なんか普通よね」
リナは膝を抱えるようにして、口を噤んだ。
俺は少し考えてから、再びスポンジを動かし始めた。
「まあ、俺も大概ですから。変なスキルいっぱい持ってますし」
リナは鼻で笑ったが、その肩の力が少し抜けたように見えた。
「終わりましたよ」
「ん。ありがと」
リナは立ち上がり、バシャバシャと豪快にお湯に入っていった。
◇
「……ふう。サッパリした」
タオルを頭から被り、ガシガシと髪を拭くリナ。その姿は、宇宙最強の破壊神というよりは、風呂上がりの猫みたいだった。
「さて、ご飯にするわよ。お腹減った」
「はいはい。何が食べたいですか?」
「肉。あと甘いもん」
「了解です」
こうして、俺の寿命が縮む入浴タイムは終了した。
理性との戦いには勝利したが、精神的な疲労はマックスだ。
風呂上がりのリナが少しだけ穏やかな顔をしているのを見て「まあ、悪くないか」と思ってしまうあたり、俺もだいぶ毒されているのかもしれない。




