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第3話「大人の階段の~ぼる~」

リナの案内で到着したのは、街外れの小高い丘の上に建つ、大きな屋敷だった。

ただし、大きいだけで、決して立派ではない。

鉄門は錆びつき、庭は雑草に埋め詰めつくされ、壁には不気味なツタが覆っている。所々窓ガラスも割れているし、屋根に至っては一部が崩落しかけている。


「……ここ?」

「そうよ。ちょっと前にね、安く売ってたから買ったの」


リナは何食わぬ顔で錆びた門を押し開ける。

キィィィィ、というホラー映画でしか聞かないような音が、俺の鼓膜とロマンチックな期待感を削り取っていく。


「あ、あの、リナさん。ここ、出ますよね?」

「出るわよ」

「出るんかい!」

「ゴキブリとかネズミとか」

「物理的なやつ!」


幽霊よりタチが悪いわ! 俺がツッコミを入れている間に、リナはスタスタと屋敷の中へ入っていく。

慌てて追いかけると、玄関ホールはさらに悲惨だった。床には埃が積もり、天井からは蜘蛛の巣がシャンデリアのように垂れ下がっている。

これ、廃墟じゃん。


「で、リナさん。俺を家に連れ込んだ理由は?」


俺は一縷の望みをかけて問いかける。もしかしたら、この荒廃した屋敷の中で、背徳的な何かが始まるのかもしれない。吊り橋効果的なアレで。

リナはクルリと振り返ると、埃まみれのソファを指さし、その美しい唇を開いた。


「掃除して」

「……はい?」

「聞こえなかった? 掃除よ、大掃除。今日中に人が住めるレベルまで綺麗にして」

「え、あ、大人の階段は?」

「は? 階段ならあそこにあるでしょ。掃除したら適当に空いてる部屋を使わせてあげるわ」


【結論:対象に性的意図は皆無です】

【補足:大人の階段とは、社会の厳しさを知る労働のメタファーであると推測されます】


シャラップ、全知全能。

俺の淡い期待は、屋敷の埃と共に霧散する運命だった。

俺は所有物でも荷物持ちでもなく、どうやら家政夫として雇われたらしい。


「……分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」


俺は溜息をつき、全知全能スキルを起動する。

世界を救う力を、掃除に使う。

神様が見ていたら「使い方が違う」と泣くかもしれないが、俺だって泣きたい。


【検索:効率的な清掃魔法】

【候補:『神風』『浄化』『大瀑布』『修復』】


派手なのは建物が倒壊しそうだから却下だ。『浄化』でいこう。

俺は指をパチンと鳴らす。


「――『浄化』出力最大」


俺を中心として、目に見えない波動が屋敷全体へと広がっていく。積もり積もった埃は瞬時に消滅し、蜘蛛の巣は霧散、床の黒ずみは新築同様の輝きを取り戻す。さらに『修復』を同時発動。割れた窓ガラスは再生し、剥がれた壁紙も元通りに張り付く。

所要時間、わずか3秒。


「……終わりました」

「は?」


ソファの埃を払おうとしていたリナが、動きを止めた。 彼女はキョロキョロと周囲を見回し、ピカピカになった床を見て、壁を見て、天井を見て、そして最後に俺を見た。


「アンタ、何したの?」

「掃除ですけど」

「スキル?」

「です」


リナは「ふーん」と興味なさそうに言ったが、その瞳が僅かに揺れているのを俺は見逃さなかった。


【分析:対象は自身の肉体に絶対の自信を持っているため、スキルの知識が乏しい、あるいはスキル自体を軽視している可能性があります】


「便利ね、アンタ。一家に一台欲しいわ」

「家電扱いですか」

「何よカデンって。まぁいいわ。綺麗になったことだし、部屋割りよ。まずは一階ね」


リナは屋敷の一階を歩きながら、部屋の確認をしていった。


「あの~……」

「なに?」

「ちょっと前に買ったって言ってましたけど、それまではどこで寝てたんですか?」

「野宿よ」


【報告:対象は嘘をついています】


野宿していたにしてはドレスが綺麗すぎるし、何ならちょっといい匂いもする。

そもそも安くなってたとは言え、このデカさの屋敷を買える奴が野宿なんて考えられない。

というか、衛兵に口利き出来るような人間がどうしてこんなボロ屋敷に?

あ~ダメだ。考え始めたらキリがない。

いったん忘れよ。


その後もリナは淡々と部屋の確認をし、今度は二階へと向かった。

二階には主寝室と思われる広い部屋と、小ぶりな部屋がいくつかのみ。

見回りはあっという間に終わった。


「私はこの部屋を使うわ」


リナが選んだのは、一番日当たりの良さそうな主寝室。


「アンタは隣ね」

「あ、はい」


壁一枚隔てて美少女が寝ている。家政夫扱いに落ち込んだ心に、再び邪な炎が灯りかける。


「じゃ、私は疲れたから寝るわ。夕飯の時間になったら起こして」

「え、まだ昼過ぎですよ?」

「満腹になったら眠くなるものでしょ。動物として」

「野生児かよ……」


リナは大きなあくびをしながら部屋に入り、バタンと扉を閉めた。取り残された俺は、静まり返った廊下に一人佇む。


改めて状況を整理しよう。

俺は異世界に転生し、最強のスキルを手に入れた。しかし、最初に出会った美少女にワンパンされ、服従を強いられ、今は彼女の買った屋敷で家政夫をしている。


「……俺の冒険、これからどうなんの?」

【回答:予測不能です】


ですよね。

とりあえず、夕飯の時間までは自由時間だ。

俺は自分の部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。

ふかふかのベッド最高~!

ゴロゴロするうちに緊張の糸が切れたのか、急激な眠気が襲ってきた。


「まあ、いっか……。住むところは確保できたし……」


俺はそのまま、泥のように眠りに落ちた。

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