第1話「宇宙最凶の美少女」
俺は、目を覚ました。そう、目を覚ましたのだ。
「もしや、今までの出来事はすべて夢だった?」
恐る恐る体を起こそうとするも、腹部の猛烈な痛みでピクリとも動けない。
この痛みは夢ではないと確信しながら、全知全能さんに回復をお願いする。
「あ~そこそこ、お~、きくぅ~」
「さっきからぶつぶつキモイわね」
聞き覚えのある罵声に横を見ると、先ほどの正拳突き美少女が仁王立ちで俺を見下ろしていた。
何と言わないが、丈の短いドレスだ。乙女の聖域が見えてしまっても致し方がない。そして、俺が聖域の色を口走ってしまうのも、仕方のないことだ。
「白か……」
「殺す」
【警告:対象の敵意レベル上昇】
【分析:対象の次行動予測――】
ああ! もういい! もうそういうのいいから! 俺が助かる方法を教えてくれ!
【推奨:五体投地】
俺は恥も外聞もかなぐり捨て、その場に勢いよく身を投げ出した。
両手、両膝、そして額を地面にこすりつける、完璧なまでの土下座だった。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」
森に響き渡る、情けない絶叫。
見よ、これが全知全能の力を持つ、世界最強の男の姿だ!
美少女の殺気が、ピタリと止まった。
【分析:対象の感情が『殺意』から『困惑』及び『ドン引き』へ移行】
「……え、キモ……」
ボソリと呟かれた言葉が、俺のガラスの心を僅かに抉る。だが、生き残るためだ。背に腹は代えられない。
「い、命ばかりは! 命ばかりはお助けください!」
顔を上げた俺は、神が与えてくれた美貌を最大限に活用し、涙目で上目遣いを敢行した。
美少女は、俺の顔をじっと見つめ、腕を組んだ。フリルのついたドレスと、その威圧的な態度のギャップが凄まじい。
「……まあいいわ。それよりアンタ、さっき私の動きを目で追ってたわね?」
「へ? あ、はい! 一応、そうですね」
「そ、分かった。じゃあ、今日からアンタは私の所有物よ」
「あ、はい、分かり――え?!」
「早速だけど、アレ、片付けてくれる?」
彼女は、先ほどオーガが粉砕された場所――今はもう、ただの赤い水たまりと化したそこを、アゴでしゃくった。
「え、いや、あのですね――」
「中に魔石があるはずだから、それも拾ってきて」
「……はい?」
「もしかして、耳が悪いの?」
「すぐに片付けさせていただきます!」
俺は飛び起きると、全知全能スキルから最適な魔法を行使する。
『浄化』
『鑑定』
『探索』
俺TUEEEスキルが、後片付けとアイテム回収に使われてる……。
涙をこらえながら、まずは自分に『浄化』をかけ、オーガの返り血を消し去る。次に、血肉の海に向かって『探索』と『浄化』を発動。ほどなくして、拳大の紫色の石――魔石が、俺の『念動』によって浮かび上がった。
我ながら便利なスキルだ。
「こ、これでよろしいでしょうか?」
俺が恐る恐る魔石を差し出すと、彼女は「汚いわね」とでも言いたげな顔で、それをひったくった。
「まあまあね」
彼女は俺の浄化のスキルで綺麗になっているはずの魔石を、自分のドレスで雑に拭うと、満足げに頷いた。
このアマ、俺が触ったから汚くなったみたいな素振りしやがって、いつか絶対泣かす。そんな内心が表に出ないよう細心の注意を払い、努めて上目遣いを演じる。
そして、彼女は俺に向き直る。
サファイアの瞳が、再び俺を値踏みするように細められた。
「アンタ、名前は?」
「優斗です!」
もっと異世界っぽい名前を付けることも出来たのに、というかこんな状況では偽名を使っておくべきだったのに、咄嗟に本名を名乗ってしまう。
「ふーん。ユウト」
彼女はそこで一息つき、告げた。
「あたしはリナよ」
リナと名乗った少女は、そう言うと淡々と歩き始めた。
え、それだけ? さっきの私の所有物とかいう流れはなんだったの?
「何してるの。早くしなさい」
「あ、やっぱり俺も行くんだ」
こうして、俺の異世界転生初日。俺TUEEE計画は、開始わずか15分で完全崩壊。世界最強であるはずの俺は、恐らく宇宙最凶美少女の所有物にジョブチェンジすることになった。
前途多難。いや、波乱万丈という言葉すら生ぬるい、そんな気がしてならない。




