小柳くんは、封印のお札をベリベリに引っ剥がす
なにかを封印してるお札をベリベリに引っ剥がされたら嫌だな、という思いから生まれたお話です。
よろしくお願いします。
その光景を見た瞬間、俺は小柳くんに向かって絶叫をしていた。
「全部剥がしちゃったのおぉっ!?」
「ああ! 見ての通りさ!」
小柳くんはお堂の真ん中で、誇らしげに笑みを浮かべる。
「"見ての通りさ!"じゃないんだよ!! 分かってる?! それ、悪霊を封印してるお札なんだよ!?」
「知ってるとも! だから剥がしたまでさ!」
「バカァアアアッ!!!!」
俺の絶叫は、夕闇の彼方へ吸い込まれていった。
****
──事の始まりは数時間前。
俺は今、絶賛片思い中のクラスメイトである平野さんのことで誰かに恋愛相談に乗ってほしく、その相談相手を探していた。
そして、小柳くんに声をかけたのだ。
「構わないよ! どんどん相談しておくれ!」
今思えば、何で小柳くんに頼んだんだろう。
別に、康太でも明人でもよかったじゃないか。
どうやらその時の俺は、平野さんのことで頭がいっぱいで、正常な判断が出来なかったようだ。
小柳くんは、勉強が出来る優等生で、誰にでも気さくに話しかける良いヤツだ。
良いヤツなんだけど、好奇心が過ぎる性格がゆえに、おっかないことをしでかすことが多々ある。
例えば、彼が校長のカツラに興味を持った時。
あの時は確か、校長室に忍び込んで隠れ身の術を使い、校長が部屋に来るのを早朝四時からただひたすらに待ち続け、出勤した校長が椅子に座った瞬間、トンビが獲物を捕えるが如く圧倒的な速さでカツラを強奪したんだそうだ。
そしてカツラをしらみ潰しに徹底解剖し、これがどういう理屈で校長の頭にミラクルフィットしているのかを論文にまとめ、学会で発表したと聞く。
どうやって校内に侵入したんだとか、そんなに早くスタンバらなくてもとか、何の学会だよとか、言いたいことは色々あるが、少なくとも常人の好奇心とは違い、小柳くんのそれは、"やるならば、とことんやる"タイプの異常さを持つものなんだと思う。
ちなみに、校長のカツラはアデランス製だったら
しい。何で分かるんだよ。
そんな好奇心の鬼である小柳くんに恋愛相談をしようとした俺なんだが、それに加えてもう一つ判断ミスを犯していた。
それは、放課後の待ち合わせ場所をここ、【大禍々時過去一最悪災厄封印堂】のある神社にしてしまったこと。
本当にあの時の俺、平野さんのことしか考えてなかったんだろうな。
でなきゃ、こんな場所に最も連れてくるべきでない彼を呼ぶはずがないし、何より俺自身が絶対こんなとこ嫌だ、来たくもない。
全く、恋は人をトチ狂わせるよ。
……って、話が逸れた。
兎にも角にも、そんなわけで俺は小柳くんを神社に呼んでしまったんだ。俺は、日直の仕事があるから先に向かっていてくれと、小柳くんにそう言った。
だからそりゃあ当然、小柳くんは先に神社に向かう。
それで、待ってる間に興味がそっちにいっちゃったんだろうなぁ。いかにも何かを封じている、怪しさ満点の古いお堂に。
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「──だからってさぁ!! 普通、そんなに躊躇いもなくお札ベリベリに剥がす?! どう見たって恐怖空間じゃん、ここ!! ホラー映画だったら得体の知れない何かの呪いで血まみれにされてるようなとこだよ!?」
俺は今、悪霊の恐怖よりも先にお堂の床に散らばるもの凄い量のお札に戦慄し、声を荒げた。
おそらく、本来お札はお堂の壁一面、いや床一面にもにびっしりと貼られ、悪霊を封印していたのだと思う。
何でわかるのかと言うと、堂内の所々にテープに付いたお札の千切りカスが引っ付いているからだ。
「西本くん、僕はそんなものを恐れないよ! 何てったって、そこにあるお堂の説明書きに"ここにはめちゃくちゃ強大な力を持つ悪霊が封じられています。危険過ぎです。"なんて書かれているんだぞ? そりゃあ、その悪霊とやらをこの目で拝みたくなって、お札もベリベリにするさ」
「もう、アンタが災厄だよ!!」
俺は叫んだあと、小柳くんのやらかしたお堂の中を改めてそろりと覗いてみる。
「うわぁ……引っ剥がすだけならまだしも、めっちゃ細かくお札千切ってんじゃん」
「ああ! せっかくだから、千切れるだけ千切っておこうかと思ってね!」
「やかましい!!」
てか、本当にお札細くなってんな。
まるでシュレッダーにかけたみたいに細かい。
何なの、小柳くん。人間シュレッダーなの?
「ちなみに、西本くん。このお札は触れた限り、紙製だ」
「そりゃ、そうだろうね」
言ってる場合じゃないだろ、そんなこと。
とか思っていたら、小柳くんがふと辺りを見回した。
「そういえば、西本くん。例の悪霊だが、全てのお札を引っ剥がしたにも関わらず、現れる気配が全くないね」
「あ、確かに」
言われるとそうだ。
こんだけ前代未聞な感じで札を剥がした罰当たり小僧がいるってのに、一向にそんな様子がない。
何で? もしかして見えてないだけで、本当は俺のすぐ後ろにいたりとか……?
「……ッ!! その可能性あるなぁ!!」
俺は突然怖くなって飛び跳ね、思わず小柳くんのいるお堂へ足を踏み入れた。
「わ゛ーーっ!! お堂の中と外、空気ぜんっぜん違うじゃん!! 何これぇ!? 中禍々しすぎ!! 明らかに人間が踏み入れちゃいけない力が渦巻いてるってえぇ!! ああああ゛ーーッ!!」
「西本くん、落ち着いて」
「落ち着けるかぁあ!! ててて……って言うか、いくら恐れないっつっても、小柳くんは何でそんな冷静なの?!」
「ふっふっふ! それは、悪霊に対して策があるからさ!」
「さ、策?!」
小柳くんは不敵な笑みを浮かべ、俺に向かってそう言った。
「それにしても、壁についてるお札の切れっぱしが汚いな。テープ跡も付いてしまってるし、せっかくだから西本くん。テープ剥がしを使ってお堂の掃除をしていこうか」
「何でこの人掃除する余裕あんの?!」
****
『…………』
永きに渡り大禍々時過去一最悪災厄封印堂に封印されていた悪霊は、先程急に封印の効力の低下を感知し、封印から解き放たれた。
だが、解き放たれてから実体を可視化させようとした時に目にした光景が、まあまあ悪霊の理解を超えていた。
『……我を封印していた札、細かく千切れすぎでは……?』
まるで、猫に遊ばれた紙みたいに細切れになっている。
『……あの童が、これを……?』
お堂の真ん中でやり切ったような顔をして佇む童。十中八九コイツだろう。
だって、お札の切れ端が服のあちこちに付いてるし。
『…………』
悪霊は思った。
『え? いくら何でも我の封印されてるお札、そんな簡単に引っ剥がす?』と。
封印されて何百年経過したのか不明だが、少なくとも自分は強大な力を持つ何か程度には語り継がれているはず。そんな存在の封印されてるお札、簡単に引っ剥がす? 何? 我、恐れられてないの??
「小柳くん! よく考えたら、こんな古い木製の壁にテープ剥がしスプレーなんか使っちゃって大丈夫なのかなぁ?!」
後から来た童が、諸悪の根源であろう童に向かって声を荒げる。
この童もアレだな。さっきまで怖がってた気がするのに、諸悪の根源童の異常さで我のこと忘れてそう。
「平気だろう、きっと! もし平気でなくとも、テープ剥がしスプレーによって古い木材は朽ちてしまうのかどうか興味をそそるから、どのみちやってみよう!」
「あああ゛ッ!! 小柳くんのトリガーを引いてしまったあぁ!!」
『…………』
現代っ子って、皆こんな感じなの?
悪霊って、もう時代遅れなの?
あんまり我のこと、怖くないの?
我、存在しないほうがいいの……?
悪霊が自分に自信を無くしかけた、その時。
「そういえばさ、小柳くん。さっき、悪霊に対して策があるって言ってたけど、それってどんなの?」
『!』
悪霊の胸は高鳴った。
何だ。策を考えているということは、我を恐れるがゆえに考え出したものということだな。何だ何だ。じゃあ我、全然恐れられてるじゃん。
あー、よかった。ドキドキしちゃった、もう。
さ、早く恐れる我のために考えた策とやらを聞かせて、童。
「ふふふ! 策というのはズバリ、この鳥黐さ!」
「は?」
『は?』
何言ってんの?
え? 我、鳥黐で捕まえられる存在だと思われてるの?
「まず、悪霊が出たら、この鳥黐で引っ捕えるだろう? そしたら、この瓶の中に詰め込むんだ! そうすれば、悪霊は身動きが取れずモダモダするばかり。そうなったら悪霊は僕のものさ! あとは悪霊を徹底的に髄の髄まで調べ上げ、正確なデータを取り、悪霊の何たるかが判明したら、僕はいずれ学会で論文を発表することが出来るだろう!」
「話が飛躍してるよ、小柳くん!!」
『…………』
あんなちっさい入れ物に、我を入れられると思ってるの?
虫みたいに、モダモダ動くと思われてるの?
「あとね、これは僕のささやかな夢なんだが、捕らえた悪霊を一度ホルマリン漬けにしてみたいんだ!」
『?!?!』
「漬けられるかぁっ!!」
え? 今、なんて言った?
ほる、まりん……
掘る、魔、燐、尾け……?
──掘る魔燐尾け──
『?!?!?! ッ!!』
ほ、掘る魔燐尾け?!
聞いたことのない言葉だが、要するに"魔(我)の後を尾け、油断したところを地獄の鬼火(燐)で焼き尽くし、我の地獄行きの道を堀り進める"ということか……!?
いや、怖い!!
現代の童って、こんなに物騒なの?!
ちょっと、もうイヤかも!! 現代に蘇ったのイヤになっちゃったかも!!
『……逃げようかな』
だって現代っ子、怖いもん!!
ゆえに、逃げるっきゃないもん!!
そうだ、そうしよう! どっか湖畔とかに行こう!
ついでにもう悪霊とかやめよう! 何か、豊穣の神的なの目指そう!
なんかもうイヤになった悪霊は、お堂からすたこら逃げ去っていったのであった。
****
「ふうっ、お堂がピカピカになったぞ!」
小柳くんは額の汗を拭い、爽やかにそう言った。
「こんなにリノベーションしちゃったよおぉ……」
あれから小柳くんはお堂の掃除に火がつき、最終的にお堂がどれだけ綺麗になれるのかのほうに興味が湧いてしまった。
そうなったが最後。
小柳くんは改修工事業者を呼び、あれよあれよとお堂の改修工事を行った。
市とかに無断で改修するのって、多分相当マズイよな。もう、考えても仕方ないけど。
「ソファはそっちにお願いします。テレビは反対側に」
──そして、生まれ変わったお堂は新築アパートの一室くらい綺麗に見違えた。
「綺麗になったなぁ! 綺麗すぎて、ここに住んでしまいたいくらいだよ!」
「ソファもテレビも置いてるんだから、だいぶ住む気満々でしょ」
俺はふかふかのソファに腰掛け、呆れた息を吐いた。
「それにしても、ちっとも悪霊出てこないなぁ。もしかして、ただの迷信だったのかな?」
小柳くんは俺の隣に腰を降ろすと、不満そうに呟いた。
「そうだったのかもしれないね。だって本当に悪霊がいるんなら、お札を全て引っ剥がした時点で出てきてるはずだし」
「とほほ……。悪霊のホルマリン漬けを作る夢は叶わなかったか……」
小柳くんは残念そうに項垂れた。
いやでも、それは本当叶わなくてよかった。
「けどまあ、仕方ないか。では、西本くん。気を取り直して、本題に入ろう! さあっ、君の平野さんへの想い、僕にしかと聞かせておくれ!」
「いっ、意外と覚えてくれてたんだ?!」
そうだよ、本来こっちがメインイベントだったのに。俺自身がすっかり忘れていた。
「じゃ、じゃあ話すよ……。実はさ、こないだ平野さんとLINEを交換したんだ。それで、『今度一緒に映画を観に行こう』って話になって──」
そうして、俺はポツリポツリと小柳くんに言葉を溢していった。
夕闇に染まったお堂の中。
門限はとっくに過ぎている。
きっと、帰ったら母さんに怒られるんだろうな。
でも、いいや。
だって、こんなこと出来るのは青春真っ盛りの今だけなんだから。