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鈴の音が聞こえたら  作者: みゃあ


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7/8

夢の中で会いましょう

第7話

――大姫


春の風が、かすかに頬をなでていく。

そのやさしさが、かえって切なくて、目を閉じた。


あれから、どれほどの季節が巡ったのだろう。

十七になった今、ようやく「生きる」ことを、心の奥から受け入れようとしていた。

けれど、身体はもう、それを待ってはくれなかった。


咳が出るたびに胸が裂けるように痛んで、

食事の味も、花の匂いも、ぼんやりとして届かない。

夜になると、熱が身体をゆっくりと溶かしていく。


医師たちは言葉を選んでいたけれど――

わたしには、もうわかっていた。

春が終わるころには、

きっとこの世には、いないのだと。



---


そんなある晩、

まどろみの中で、わたしは春の庭にいた。


小さな花たちが、風に揺れている。

「おすましさん」「ぴかぴかさん」「ごきげんさん」……

わたしたちが子どもの頃、無邪気に名づけた、大切な庭。


「……あれ……?」


花の向こうに、ひとりの少年が立っていた。

まっすぐな眉に、涼やかな目元――


「……義高さま?」


その名を呼ぶと、彼はそっと微笑んだ。

「大姫さま……よく、がんばりましたね」


――あの日のままの声だった。

遠い日の面影を宿したまま、少年の姿で。

それなのに、距離も、年の差も、どこか消えてしまったように感じた。


わたしはふらりと歩き出した。

彼も、まっすぐにこちらへ向かってくる。

そして――その手が、わたしの手に重なった。


あたたかかった。

懐かしくて、涙が出そうなほど、やさしい体温。


「大姫……迎えに来ました」

「……うん……わたし、ずっと……ずっと待ってたの」


その瞬間、胸の奥に閉じ込めていた涙が、

静かに、音もなく、こぼれ落ちた。


夢のなかのわたしは、ようやく、泣くことを許されたのだと思った。



春の光が、やわらかく差し込んでも、

わたしの世界は、どこかぼんやりと霞んでいた。


ほんとうはね、

ずっと、生きたかったの。

あの日、義高さまがいなくなったあの時から――

わたしの時間は、止まったままだったのだと思う。


笑っても、泣いても、

誰かと話していても、

胸の奥には、ひとつだけ、動かない空洞があった。


少女のまま、心が育つのをやめてしまったの。


だけど、季節はめぐる。

わたしがそれを望まなくても、春は来て、花は咲いて、風はまた吹いた。


みんなが言うの。

「大姫さまも、前を向いて」って。

「生きてほしい」って。


わかってるの、わたしも。

誰かを恨んで生きるのは、もうやめたいと思った。

義高さまがあのとき、何を想ってわたしの元を離れたか、

今なら……少し、わかる気がする。


でもね……

心がそう思っても、身体が、もうついてこないの。

咳が出るたび、痛くて、

声もかすれて、食べ物の味もわからなくなって。


きっとこれは、神さまがくださった猶予なんだと思う。

この春だけは、わたしに残してくれた、最期の時間。


だから、夢を見たの。

わたしのいちばん大切な、あの庭の夢。

世界でいちばん優しい景色。

世界でいちばん、好きな人――


義高さまが、笑っていた。

「大姫さま、よく、がんばりましたね」って。


それだけで、もう十分だった。

もう泣いてもいいんだって、ようやく許された気がした。


待っていてくれたんだね。

ずっと、春の庭で。

わたしが自分を赦すのを――

やっと、こころから「生きたい」と願う日を。


そして、わたしが「行く」と決めたとき、

その手を、ちゃんと差し伸べてくれた。


うれしかったよ、義高さま。

ありがとう。

あなたに、迎えにきてもらえて――

わたしは、ほんとうに幸せです。




――政子


大姫が旅立ったのは、春の明け方だった。

静かな朝。

障子を開けると、庭には名も知らぬ花が咲いていた。


つくしではなかったけれど――

それは、まるであの頃の庭のように、やわらかで、あたたかな色をしていた。


「大姫……」


わたしは娘の名を呼びながら、その手を取った。

ひんやりと冷たいけれど、どこか安らかだった。

その顔には、微かに微笑みが浮かんでいて――


まるで、夢の中で誰かと語らっていたかのようだった。



---


その夜、風が吹いた。

花の間をすり抜けて、庭を撫でていく。


――鈴の音がしたような気がした。


それが幻でも、わたしは否定しなかった。


きっと、あの子はあの庭で、

もう一度、義高と出逢えたのだ。


夢のなかで。

花咲く、やさしい春の中で。

すべてを赦されて、

涙をこぼしてもよい世界の中で。




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