ひとときの春
第2話
――義高
鎌倉の屋敷にも、少しずつ慣れてきた。
けれど、目が覚めるたびに、自分が「人質」だということを思い出す。
それでも……あの子が笑うと、少しだけ気がまぎれる。
「義高さま、みてください! つくし、こんなにたくさん!」
廊の端でしゃがみこみ、手のひらにいっぱいの草を乗せて、きらきらした目で笑っている。
庭で摘んだのだろう。泥がついたままの小さな手で、誇らしげに差し出してきた。
「昨日、ひとつだけ見つけたの。今日はもっとあると思って探したの!」
「……そうですか。すごいですね」
「えっへん!」
何がそんなに嬉しいのか、とにかくよく笑う子だった。
それに、喋る。ずっと、喋っている。
「ねえ、義高さまは馬に乗れるの?」
「ええ、一応は」
「すごい! わたし、馬より早く走れるもん!」
「……それは、さすがに無理では?」
「ほんとに速いんだから! こんど競走しましょう!」
言葉の間に、敵も味方もなかった。
この子は、きっと何もわかっていないのだろう――
でも、俺はそれがありがたかった。
この無邪気さに救われると思った。
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――大姫
義高さまは、なんだかずっとむずかしい顔をしている。
眉がきりっとしてて、目がきらきらしてて、ちょっとだけこわい。
でも、話しかけると、ちゃんとお返事してくれる。
「ねえ、義高さま、お菓子すきですか?」
「え? ……はい。まあ、甘いものは」
「やっぱりー! わたしも、干し柿がいちばんすき!」
「干し柿……それは、お菓子、でしょうか……?」
「お菓子です!」
わたしが言い切ると、義高さまはふふって笑った。
笑った顔、すごくかっこいいな、と思ったけど、なんとなく恥ずかしくてうつむいてしまった。
もっといろんな話がしたい。
馬の話も、お菓子の話も、京のことも。
はじめは「おむこさんになる人」と聞いて、どきどきしたけど、
今はただ――いっしょにいると、たのしい人、だった。
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――義高
「義高さま、お花にお名前つけたんです。あの白いのは『おすましさん』で、この赤いのは『ごきげんさん』!」
そう言って、庭の草花を順番に指さして見せてくる。
「……すごい発想ですね」
「ふふっ。でも、この花はまだ名前が決まってないの。義高さま、つけてみてください!」
「私が、ですか?」
「はい!」
小さな花が、風にゆれていた。細くて、色も控えめで、けれどどこかまっすぐに咲いている。
「……そうですね。では、『しずかさん』とでも」
「しずかさん! しずかさんかぁ……」
わたしのつけた名前を、何度も口にして笑っている。
子どもは、こんなにも素直に笑うものなのか。
この笑顔を、誰かが曇らせるようなことがあってはならぬ。
自然と、そう思っていた。
この鎌倉にいる間だけでも、この子には笑っていてほしい――
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――大姫
義高さまの横顔を見ていると、なんだか、どきどきする。
でも、にこって笑うと、安心する。
しずかで、でも、あたたかいひと。
「また明日も、お庭に来てくれますか?」
そう聞くと、義高さまはちょっとだけ目を丸くして、それからうなずいた。
「……ええ。来ますよ」
やった。
明日も、いっしょに草を摘んで、名前をつけて、
またお話をして、わらって――
ずっと、こうしていられたらいいのにって、思った。




