出会い
第1話
――大姫
薄紅に染まる山桜が、庭に舞い落ちていた。
春の風はやさしく吹いていたけれど、その日、わたしの胸の中には少し冷たいものがあった。
「敵方の御曹司が、この館に来るそうです」
女房のささやきに、わたしは黙ってうなずいた。
父上――源頼朝の命により、京から鎌倉へ送られてくるのは、木曽義仲の息子。
かつての敵。けれど、わたしの夫となるべき人。
まだ、顔も知らぬひと。
心はそわそわと落ち着かないのに、声に出すのははしたないように思えて、黙って空を見ていた。
「怖いお方なのかしら……」
そう尋ねたら、女房はくすりと笑った。
「それは、大姫さまがお確かめになること。……けれど、十三と聞きました。きっと、お若い殿方ですよ」
十三。
わたしより六つも年上。
子供のようで、大人のような、はっきりしないその響きに、胸がふわりと波立った。
その人がこの館に来る。
わたしの知らぬ場所から、はるばると。
知らない声で、知らない言葉で、
けれど、わたしの名を呼ぶ人になる。
……そんなこと、想像できなかった。
けれどその日、わたしは初めて知ったのだった。
人の気配というものが、部屋に差す光すらも変えるということを。
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――義高
鎌倉は、思っていたよりも静かだった。
春の匂いは、どこか京に似ていたが、空気は少しだけ塩の香りがした。
敵の地に足を踏み入れたというのに、心は妙に静かだった。
いや、静かというより、感覚が鈍っていたのかもしれない。
父上は、討たれた。
そして、俺はこうして、敵方に人質として送られた。
敵の娘と婚約させられる。
それが武家の子の運命なのだと、誰に言われるまでもなく知っていた。
けれど、わかっていても。
胸のどこかがまだ、納得を拒んでいるようだった。
「義高さま、お入りくださいませ」
案内された御簾の向こうに、人の気配があった。
少女だった。
白い肌に、黒く長い髪。
きらきらした目をして、ただこちらを見ていた。
おそらく、まだ七つか八つ。
そんな年の娘が、俺の許嫁だという。
何を話せばいい?
何を言えば、敵ではなく夫の顔を見せられる?
何ひとつわからなかった。
だから、俺はただ、頭を下げた。
「木曽義高にございます。……本日より、鎌倉にてお世話になります」
御簾の奥で、小さく誰かが動いた。
それから、やや遅れて、あどけない声が返ってきた。
「ようこそ……鎌倉へ、おいでくださいました」
その瞬間だった。
敵の娘、という言葉がふわりと、風にさらわれた。
俺は、この子を――
きっと、好きになってしまう。
そんな予感がした。
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――大姫
はじめての出会いは、夢の中のことのようだった。
彼は思っていたよりもずっと静かで、目の奥に、寂しそうな光をたたえていた。
「木曽」と聞いて、わたしは怖い人を想像していた。
でも、彼はやさしそうだった。……いいえ、本当はきっと、やさしすぎる人だったのかもしれない。
「義高さま」と呼ぶと、少しだけ眉を上げて、こちらを見てくれた。
その目を見た瞬間、
この人を笑わせたい、と思ったの。
敵とか、婚約とか、むずかしいことはわからない。
けれど、たったひとつ、胸の奥にあったのは、
「もっと、この人と話してみたい」
それだけだった。




