96 責任を取ってもらうことになる
ユージィンの言葉に、人々の視線が再びオズワルド・クレイトンに集中した。先ほど嬉々としてヴェロニカ王妃の罪を披露していたのだから当然だろう。
「違います、それは誤解です!」
衆目の中、オズワルドが顔を引きつらせながら声を上げた。
「もしユージィン殿下が僕のことをおっしゃっているのなら、それはとんでもない誤解です。不幸な行き違いがあったのです。僕はただ、ヴェロニカ王妃が大変難しいお立場にあることを殿下にお伝えしただけです。もしユージィン殿下が王座を目指すとなれば、色々と心無いことを言ってくる者もあるだろうと、あくまで忠心からご忠告申し上げたのです。やはり殿下としても事前に把握しておられるのと、そうでないのとでは、いざというときのお心構えも違ってくるでしょうから。それが恐れ多くも辞退を迫ったように受け取られてしまったとしたら、僕の言い方が悪かったためです。幾重にもお詫びいたします」
「君は私が辞退しないのなら、母が誘拐事件の首謀者である証拠を公表すると言っていたはずだが?」
「いえ、公表するとは申しておりません! 公表されることになるだろう、と予想を申し上げたのです。王宮舞踏会という場において、そういうことを言ってくる者もあるだろう、と。先ほどはユージィン殿下に求められたから事情を説明しましたが、私自身はけしてそのような意図はなく」
「それはおかしいな。私は殿下の近くにいたが、君の口ぶりはとてもそうは聞こえなかった」
そう言ったのはトラヴィニオン辺境伯である。
「君はユージィン殿下に対して、今日が期限だと言ったはずだが、まだ決心がつかないのか、舞踏会が終わるまで待つから、それまでに決断しろ、というようなことを言っていた。君自身が暴露する意図がないのなら、『待つ』という言い方はあり得ないだろう」
「いえ、ですから、それは……」
「いい加減にしろ、オズワルド!」
そこに血相を変えたクレイトン宰相が割って入った。
「申し訳ございません、ユージィン殿下、まさか愚息がそんな無礼な真似をしていたとはつゆ知らず……!」
「貴方は彼の行為を知ったうえで容認しているのかと思っていたが」
「いいえ、滅相もございません! けして、けしてそのような……! 今回のことは私の管理不行き届きです。本当に申し訳ございませんでした!」
「謝罪はもういい。それよりもクレイトン家として嫡男の処分をどうするのか聞きたい」
「もちろん廃嫡にいたします!」
「それから?」
「え……」
「王妃を誹謗中傷し、正統な王位継承をゆがめようとした人間を、まさか廃嫡程度で済ますつもりか?」
「あ、いえ、それは……クレイトン家から除籍いたします」
つまりオズワルド・クレイトンは貴族籍をはく奪されて、平民になるということだ。
「まあ、それが妥当だろうな」
ユージィンが同意する一方、「お待ちください」と声を上げた者がいた。ヴァルデマー辺境伯である。
「ユージィン殿下、恐れながら申し上げますが、その御処分はいささか甘いのではないでしょうか。本来ならば処刑相当ですし、まだ学生であることを差し引いても、数年は投獄すべきかと存じます」
ちなみにこれはクローディアらの「根回し」の結果ではなく、辺境伯自身の意見である。
ヴァルデマー辺境伯は巨人騒動で三男が被害に遭って以来、ハロルド・モートン罷免を主張する急先鋒だったが、生徒会メンバーに対しても反感を抱いているようだ。察するに、彼らが巨人を目覚めさせた元凶であることを感づいているからだろう。おそらく同様の理由から、大広間のそこここからヴァルデマー辺境伯に賛同する声が上がった。
まさに針の筵といった状況で、オズワルドはただ蒼白になって震えている。
「ヴァルデマー辺境伯の意見も分からないではないが、私はそこまでする必要はないと考える。クレイトンがああいう考えに至った経緯については同情の余地があるからな」
ユージィンは諭すように言うと、国王の方に向き直った。
「他でもない国王が王妃を誘拐犯として幽閉し、ガーランド公爵家に謹慎を命じていたのだから、オズワルド・クレイトンが私に対してああいう態度をとってもいいと勘違いしたのも無理はない。……そう思いませんか? 父上」
ユージィンに呼びかけられた国王は、不快そうに己の息子をにらみつけた。
「……なにが言いたい」
「オズワルド・クレイトンが母上を誹謗中傷し、私に辞退を迫った件について、父上にも責任があるのではないか、と申しております」
「私はなにも関与していない。そもそも私はヴェロニカを幽閉していない」
「これは異なことを……父上は母上を犯人と見なして、幽閉を命じたのではないのですか?」
「ヴェロニカを疑っていたのは事実だが、幽閉せよと命じたことはない。ただヴェロニカがやつれている様子だったので、北の離宮にでも行って静養したらどうかと勧めた。そしてヴェロニカはそれに従った、それだけの話だ」
「それだけの話、ですか」
ユージィンは苦々し気につぶやいた。
会場内の多くの者が同じ気持ちであったに違いない。
国王は『やつれている様子だった』と他人事のように言っているが、それは国王から王女誘拐の犯人だと決めつけられて、連日のように責め立てられた結果だろう。静養したらどうかという国王の「勧め」に従わなければ、命の危険さえ覚える状況だったに違いない。
「しかし静養ならば、外部との交流を遮断する必要はないでしょう。息子である私が面会を求めても、警備の騎士から誰にも会わせるわけにはいかないと告げられて、メッセージすら届けてもらえませんでした。これは完全に罪人の扱いです」
「離宮に移された当初、私も何度か娘と接触しようとしましたが、全て近衛騎士に阻まれました。面会はもとより手紙のやり取りも全て禁止されていました。これが幽閉ではないというのはさすがに無理があるでしょう」
ガーランド公爵が言い添える。
「だから、それは私が命じたことではない。……エヴァンズ、私はお前に王妃を幽閉せよと命じたか?」
国王に問いかけられ、エヴァンズ騎士団長は戸惑った様子で「それは……クレイトン宰相から命じられました」と返答し、「陛下のご意向は宰相を通じて伝えられることが多いので、その件も陛下のご命令だと信じておりました」と付け加えた。
国王は続いてガーランド公爵に向き直ると、「ガーランド、私はお前に謹慎せよと命じたか?」と問いかけた。
「直接うかがったわけではありませんが、クレイトン宰相から陛下のご意向だと伝えられました。娘が王女誘拐の犯人である証拠が存在すると。幽閉で済んでいるのは陛下の温情だが、私どもが謹慎を破れば幽閉では済まなくなるかもしれないと……陛下のご意向ではなかったのですか?」
「私はなにも命じていない」
「つまり父上は、クレイトン宰相が父上の意に反して勝手にやったことだとおっしゃるのですか?」
ユージィンの問いかけに、国王は感情を交えない声で、ただ「私は何も命じていない」と繰り返すばかりである。一方のクレイトン宰相は愕然とした表情を浮かべている。
おそらく国王の言う通り、言葉で明確に「王妃を幽閉せよ」「ガーランド公爵夫妻を謹慎させよ」と指示した事実はないのだろう。ただ「ヴェロニカは生涯離宮で過ごせばいい」「ガーランド公爵は領地で謹慎するのが当然だ」といった発言を聞いた宰相が、国王の意を汲んで実行したに相違ない。いわゆる阿吽の呼吸というやつだ。
互いの利害が一致しているときは、双方にとって何の問題もないことだった。しかし相反するようになったときは話が別だ。
「それが父上の選択なのですね」
ユージィンは冷ややかに言うと、クレイトン宰相に視線を向けた。
「そういうことだ。クレイトン宰相、貴方には母とガーランド公爵家が被った十三年の責任を取ってもらうことになる」
「……はい」
クレイトン宰相は絞り出すような声で首肯した。
客観的に見て理不尽極まりない仕打ちだが、彼にとっては甘受するより他にない。
「勝手なことをした責任を取って、宰相職を辞することにいたします」
「あいにくだが、それでは足りない」
「……と、おっしゃいますと」
「クレイトン家は代々宰相職を担っていると同時に、諮問会議の構成員でもある。貴方も知っての通り、諮問会議の構成員は高い見識をもって国王に助言する役割を担っているわけだが、今のクレイトン家にはいささか荷が重いようだ。違うか?」
「それは……っ」
クレイトン宰相は一瞬すがるようにユージィンを見つめたのち、国王マクシミリアンに視線を移した。しかしいずれからも救いは得られないと悟ったのだろう。
クレイトン宰相は肩を落として「おっしゃる通りでございます」と口にした。
「父上、クレイトン家は伯爵に降格ということで、よろしいですね」
ユージィンが確認すると、国王は「仕方あるまい」とうなずいた。
クレイトン親子が責任を取らされる一方、元凶である国王が逃げおおせたことは、はたから見ると片手落ちとしか言いようがない。
とはいえ学生時代からの親友であり腹心の部下であったクレイトン宰相を保身のために切り捨てたこと、それを衆目の中で行わざるを得なかったことは、国王マクシミリアンにとって大きな痛手となったはずである。
現国王の治世は長くはもつまい、遠からずユージィンに代替わりすることになるだろう――おそらくはそれが、その場にいる貴族たちの一致した見解であるに違いない。
その後、クレイトン親子は夫人に支えられながら、打ちひしがれた様子で退出した。
続いて国王も「気分が悪い」と言って侍従と共に大広間を出ようとしたわけだが、ユージィンが呼び止めた。
「お待ちください。誘拐の実行役である乳母ステラ・バーネットの処分ですが、めでたき聖剣祭にちなみ、その罪を赦免するということでよろしいですね?」
「なにを馬鹿なことを……あれは斬首でも生ぬるいくらいだ!」
「ステラ・バーネットの罪を問うなら、首謀者であるアンジェラ様に対しても相応の処分を下さざるを得ません。――エヴァンズ騎士団長、大罪を犯した者が既に死亡している場合、その扱いはどうなっている」
「過去の事例では、墓所を暴いて遺骸を罪人用の墓地へと移し、王宮にある肖像画やゆかりの品なども全て焼却処分されることになります」
エヴァンズ侯爵が淡々と説明する。
「父上、お聞きの通りです。ステラ・バーネットはアンジェラ様ともども赦免して、処分は行わないということで、よろしいですね?」
ほんの一瞬、国王は憤怒の形相を浮かべてユージィンを睨みつけた。
ユージィンはただ静かに見つめ返した。
ややあって、国王は「勝手にしろ」と吐き捨てると、「貴様が誘拐されればよかったのだ」と苦々しげに言い放ち、足音も荒く立ち去った。
ユージィンは無言でその背中を見送っていた。その胸中には果たしてどんな感情が渦巻いているのか、隣に立つクローディアにも分からない。
ただクローディアに言えることはひとつだけだ。
「殿下」
クローディアは小声で囁きかけると、こちらを向いたユージィンに「お見事でした」と微笑みかけた。ユージィンはまるで悪夢から覚めたような表情を浮かべ、ふっと顔をほころばせた。
「君が居てくれて良かった」
そうつぶやく声が、ごくかすかに聞き取れた。
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