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95 考えるわけがないだろう

「乳母?」

「乳母だと?」

「偽物じゃないのか?」

「いえ、あの顔よ、覚えてるわ」

「信じられない、なんで今頃になって」

「皆の者、静まれ!」


 動揺する貴族たちを、国王が苛立たし気に一喝した。


「――ラフロイ、貴様、乳母をとらえたのなら、なぜすぐに報告しなかった!」

「陛下はもう広間に入っておられましたので、報告はあとにすべきかと判断いたしました」

「なにをふざけたことを、このような重大事、なにをおいても知らせるべきであろうが!」

「申し訳ございません」

「ああ、もう良い、すぐにそれを連れていけ。私が直々に尋問する!」

「お待ちください」


 足音荒く立ち去ろうとする国王を、ユージィンが呼び止めた。


「尋問ならここですべきかと存じます」

「なにを言っている、尋問は見世物ではないぞ。こんな大罪人を人前で好き勝手に喋らせるなど言語道断だ」

「陛下、私もユージィン殿下に賛同いたします」


 そう言ったのはトラヴィニオン辺境伯である。


「今回のことはリリアナ殿下が攫われた事件であると同時に、王妃様が十三年に渡り幽閉される原因となった事件であり、ガーランド公爵家が十三年に渡り謹慎を余儀なくされる原因となった事件でもあります。我々家臣としては、到底無関心ではいられません」

「なにを、馬鹿な……」

「私もトラヴィニオン辺境伯と同意見ですわ」


 エリザベスが声を上げた。


「それにクレイトン侯爵のご子息が人前で推測を話すことはお許しになったのに、真相を知っている乳母の発言は非公開というのは片手落ちではないでしょうか」


 エリザベスは高位貴族の中では最年少の若輩ながら、その態度は実に堂に入ったものである。周囲で「正論だな、さすが我らがエリザベス様だ」「陛下を前にしてあの堂々たる物腰、これぞブラッドレー公爵家よ」「ああ、正直言って先代様は線が細かったからな」などと満足げに囁き合っているのは、ブラッドレー家の寄り子の面々だろうか。


「ええ、まったくその通りですわ。宰相様のご子息がおっしゃっていた王妃様の罪は本当かどうか、このままでは気になって夜も眠れませんわ、ねえ皆さま」


 レナード夫人がにこやかに周囲を見回すと、「そうですわ」「ええ、本当に」と貴婦人たちからも次々に賛同の声があがった。


「陛下、私も今ここで明らかにしていただきたく存じます」


 アシュトン侯爵が声を上げ、「同感です。我々にとっても重要なことですからな」とヴァルデマー辺境伯も同調する。


「せっかくの機会なのですし、誰に命じられたかだけでもお聞きしとうございます」

「お願いいたします。陛下」

「お願いいたします」


 キングスベリー侯爵、タルボット侯爵に、スタンフィールド侯爵といった具合に、他の高位貴族たちからも次々に賛同の声があがる中、ユージィンは「よろしいですね、父上」と念を押すように問いかけると、返事を聞く前に乳母の方に向き直った。


「お前は十五年前に王女リリアナを誘拐したステラ・バーネットだな」

「はい……」


 ユージィンが問いかけると、乳母は緊張に震える声で、しかしはっきりと返答した。


「なぜそんな真似をした?」

「それは……命じられたからです」

「誰に?」

「アンジェラ様です。アンジェラ様がお亡くなりになる数日前に、私に懇願されたのです」

「貴様、よくもそんなでたらめを……っ」


 国王が怒りの声を上げるのも構わず、ユージィンが「理由はなんだ?」と問いかける。


「理由は……占星術師から『この御子はいずれ邪神と対峙することになるでしょう』と予言されたからです。アンジェラ様はこの子が王女だからそんな恐ろしい目に遭うのだとおっしゃって、『私が死んだら、葬儀の混乱に乗じてリリアナを王宮から連れ出して、ただの市井の娘として育ててちょうだい』と泣きながら懇願されたのです。私はアンジェラ様があまりにおいたわしくて、お心に沿いたい一心で、つい従ってしまったのでございます」

「でたらめだ、その女はでたらめを言っているだけだ!」


 国王が怒りに震えながら繰り返すと、オズワルドが強張った表情で「そうですよ! その女が本当のことを言っているという保証がどこにあるのですか?」と同調した。


「誰かにこう言えって指示されて、それに従ってるだけかもしれないでしょう?」


 そういうオズワルドの眼差しはユージィンに向けられている。


「――確かに嘘をついている可能性は捨てきれませんね。確認することにいたしましょう」


 そう言ったのはラフロイ侯爵である。侯爵が合図をすると、宮廷魔術師の一人が水晶玉を取り出した。


「これは魔術師団が所有するアーティファクトです。この上に手を置いて魔力を注ぎながら、嘘偽りなく証言すると誓った者は、真実を語ることになります」


 ラフロイ侯爵は人々に向かってそう説明すると、乳母に宣誓を促した。そしてアーティファクトが輝いてから、先ほどユージィンがしたのと同じ質問を繰り返す。

 出てきたのは先ほどと同様の回答である。


「そんな、なにか仕掛けが……」

「仕掛けはございません。それ以上は宮廷魔術師団に対する侮辱と受け止めます」


 ラフロイ侯爵がびしりと言い放つ。

 オズワルド・クレイトンは蒼白になったまま沈黙した。




 真相が明らかになった今、貴族たちの反応は概ね三つに分かれていた。

 まず一つ目、「子を思う母の愛だったのね」とアンジェラに同情的な者。原作で真相が判明したときの生徒会メンバーも似たような反応だったと記憶している。

 一方で「側妃とはいえ王の妃が、邪神を恐れて己の子供を逃がそうとするとは」「王族の責務をなんと心得るのか」と憤慨する者も少なくない。この国の王族は「勇者アスランの末裔」として内外に高い権威を保持しており、「いざというとき邪神と戦う立場だから」ということで多少の無理を利かせることもある。そこを重視する者たちには、側妃アンジェラの行動はあまりに無責任に映るのだろう。

 とはいえ最も多いのは「たかが星占いごときのために……」「そうですわ。邪神の復活なんて、今まで何度も予言されているじゃありませんの」「ああ、一度も当たったためしはない」と呆れかえる者たちだろうか。

 一通りの反応が出終わってから、ユージィンは「父上」と呼びかけた。


「父上は予言をした占星術師を投獄させたそうですね」

「それがどうした。占星術師なんてものは適当なことを言って客を喜ばせるのが商売ではないか。それなのに、あんな不吉な予言をしてアンジェラを怯えさせるなど……いっそ首をはねても良かったくらいだ」

「今はその是非について論じるつもりはありません。……ただ、父上は予言のことも、アンジェラ様がそれで不安がっていたこともご存じだったんですよね? それなのに、アンジェラ様が乳母に命じた可能性を全くお考えにならなかったのですか?」

「考えるわけがないだろう! たかが占い師の吐いた戯言で、アンジェラがそんな真似をするなど……私たちの愛の結晶であるリリアナを私から奪おうとするなど、そんなこと考えるわけがない!」


 吐き捨てるように言う国王に、ユージィンは苦々し気な表情を浮かべた。

 考えなかったというより、考えたくなかった、というのが国王マクシミリアンの本音だろう。

 最愛の妃であるアンジェラが、娘を託す相手として己ではなく乳母を選んだなんて考えたくなかった。最後の最後に自分の信頼を裏切っていたなんて信じたくなかった。だから全てをヴェロニカ王妃のせいにしたのだ。

 会場内の貴族たちもそれを悟ったのか、どこか冷ややかな眼差しで国王を見つめている。

 そんな白けた空気の中、「ねえパパ、そんなに悲しまないで」という場違いに明るい声が響いた。

 いつのまにやらリリアナが、国王に寄り添うように立っている。


「ママは病気で、いつ死ぬかもわからなくて、色々と不安になってしまったのよ。ほら、そういうことってあるでしょう? 病気で心が弱くなって、少し無茶な行動をとってしまっただけ。それだけでパパを愛してなかったとか、信じてなかったとか、そんな風に思ったらママが可哀そうじゃない?」


 リリアナはそう言って、国王を優しく抱きしめた。


「リリアナ……」

「ね、パパ、笑って。パパがそんな顔をしていたら、天国のママだって悲しむわ!」


 リリアナに励まされて、国王は「あ、ああ、そうだな……」と気を取り直したようにうなずいた。


「でも、良かったわ、誰も悪くなかったんだもの」


 リリアナは聖母のような笑みを浮かべて言葉を続けた。


「みんな大切な誰かのためを思って頑張っただけなのよね。ママは私のためを思って乳母にお願いしたんだし、乳母はママのためを思って従った。そしてパパは私を心配して、ずっと探し回ってくれたんでしょう? ね、誰も悪くなかったのよ。だから、もういいじゃない。もう喧嘩はやめましょう? せっかくの聖剣祭なんだもの!」

「そうですな、リリアナ殿下のおっしゃる通りです」


 クレイトン宰相がほっとしたようにうなずいた。


「あとの処理はまた関係者間で話し合うとして、今はいったんわきに置いて、舞踏会を楽しみましょう。陛下、それでよろしいのではないでしょうか」

「いいえ、良くはありません」


 国王が答える前に、ガーランド公爵がきっぱりと首を横に振った。通常なら考えられない無礼な行為だが、今のガーランド公爵は、一歩も引く気はないようだ。


「何の罪もない我が娘が幽閉されてきた十三年間と、我がガーランド公爵家が謹慎を強いられてきた十三年間。この許しがたい不正義がどう正されるべきかという重大な問題が残っております」

「ですから、そういうことはのちほど関係者だけで話し合うことにして」

「宰相、それは無理だ」


 ユージィンが冷たく言い放つ。


「母が誘拐を命じた確たる証拠があるとして、私に王位を辞退するよう迫った者がいる。これは王位継承にも関わる問題であり、言ってしまえば、エイルズワースの国民全員が関係者だ」


 ユージィンの言葉に、会場内が凍り付いた。

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― 新着の感想 ―
リリアナの貴族と庶民以前のこの別世界感。目の前に無実の罪で13年も辛酸なめた人がいるのに丸無視で、自分の周囲さえ良ければヨシ。正義感どこ行った。リリアナの発言に乗っかるクレイトン宰相も無能だよな…。
冤罪と気分で13年、自分達で無実の立証をするまで (多分、しないとずっと)無下にされることを 他の人が見たら、自分の身にかかるかも!ってゾワってする そしてソレを何も無かったことにするやつは またやる…
リリアナの基準では冤罪で13年幽閉ってのは悪い事ではないらしい。貴族からしたら王として戴くのはもちろん、お飾にするのも怖いだろうなぁ。
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