94 今ここで全てを明らかに
王宮舞踏会とは聖剣祭――光の女神が勇者アスランに聖剣を授けた日を祝って毎年催される大規模なもので、国中の主だった貴族たちが一堂に会する数少ない機会でもある。
「それじゃお父様、お義母様、一足先に会場に参りますわね。あ、それからお父様、もし私の友人になにか言われたら……いえ、やっぱり良いですわ」
「え、なんだい? 私がなにを言われるというんだい?」
「いえ、なんでもありませんわ。それじゃ行って参ります」
「言ってくれよ、気になるじゃないか!」
などというやり取りを終えたのち、クローディアは迎えに来たユージィンと共に王家の馬車へと乗り込んだ。ユージィンのエスコートはいつも通り洗練されたものだったが、その表情からは、やはり幾分緊張しているのが感じられた。
「殿下、いよいよですわね!」
クローディアがそう言って笑いかけると、ユージィンも「ああ、いよいよだな」とうなずいて、ふっと顔をほころばせた。
「君が居てくれてよかった」
「ええ、お役に立てて良かったですわ。まあ私というより情報機関の力ですけど」
「そういう意味じゃなくて……いや、もちろんそれは本当に感謝しているけど、それとは別に、今こうして君が隣に居てくれて良かったってことだよ」
ユージィンは少し照れたように「できればこれからもずっと、君が私の隣に居てくれたら嬉しい」と付け加えた。
クローディアは「もちろん卒業後は宮廷魔術師としてずっとお仕えするつもりですわ!」という科白が頭に浮かんだものの、それを口にはしなかった。それはやはり「もしかしたら」という思いが捨てきれなかったからである。
もしかしたらユージィンは違う意味で言っているのかもしれない、と。
王宮に着いたクローディアは国王に挨拶を済ませたのち、ユージィンと共に友人たちと合流した。エリザベスにライナス、ルーシー、そしてルーシーをエスコートしているイアン・トラヴィニオン辺境伯である。
エリザベスとライナスはあの後湖で魚釣りをしたり、村祭りで踊ったり、魔法の得意技を教え合ったり、盤上遊戯やカードゲームをしたりしながら過ごしたらしい。乳母がいるため遠出が出来ないという制約はあるものの、なんだかんだ言ってのんびりとした別荘生活を満喫していたようである。
一方ルーシーは王都に来ていた辺境伯領の人たちに紹介されて、大歓迎を受けたらしい。ルーシーが「前の婚約のことがあったので、歓迎されるかちょっと不安だったんですけど」と苦笑すると、イアンが「何を言うんだ、君を気に入らない人間なんているわけがない」と真顔で言いきって、その熱愛ぶりを見せつけていた。ルーシーが今着けている見事なエメラルドの首飾りはイアンからの贈り物だということで、イアンいわく「エメラルドは薬師の守り石というから、最初の贈り物にはぴったりだと思って」とのこと。
ライナスが冷やかすように「本当に仲がいいんですね」と言ったところ、イアンが「ああ、君たちもね」と返答し、ライナスとエリザベスの二人から猛抗議を受けていた。
そんな風にして皆と語り合いながら、クローディアはさりげなく会場内を見回した。
きらびやかに着飾った人々の中に、見知った顔もちらほらあった。ラフロイ侯爵にレナード侯爵夫妻、タルボット侯爵、あの態度の大きい下級生の隣にいるのはヴァルデマー辺境伯だろうか。
少し離れたところには、学院長のケイト・エニスモア、そして愛らしいドレスをまとったリリアナの姿も見える。その隣に居るのはアレクサンダー、そして――。
「これはこれはユージィン殿下、王宮庭園でお会いして以来ですね」
アレクサンダーと共にリリアナに侍っていたオズワルド・クレイトンはこちらに気が付くと、にやにや笑いを浮かべながら近寄ってきた。
「ああ、久しぶりだなクレイトン」
ユージィンが素っ気ない声で返事をする。
「今日が期限だと申し上げていたはずですが、まだ決心がついておられないようですね。一応舞踏会が終わるまでお待ちいたしますので、それまでにご決断をお願いいたします」
「いや、待つ必要はない」
「え?」
「待つ必要はない、と言ったんだ」
ユージィンはオズワルドの後方に目を向けて「ああ、到着したようだな」と言葉を続けた。
その瞬間、会場内がどよめいた。
クローディアが視線を向けると、今まさに白髪の老夫婦が大広間に入場したところだった。
周囲からは「ガーランド公爵が出席なさるなんて、一体いつ以来だろうね」「御病気はもうよくなったのかしら」「僕は問題を起こして謹慎していたって聞いたけど」「いやいや大きな声では言えないが、問題を起こしたのはガーランド公爵夫妻ではなくて、ご息女の――」といった声が聞こえてくる。
十三年もの長い歳月、表舞台から完全に姿を消していたガーランド公爵夫妻の登場に、会場中の貴族たちは好奇心を抑えきれないようだった。
人々が食い入るように見守る中、夫妻は堂々と背筋を伸ばして国王の面前へと進み出た。
「……なぜ来た」
ガーランド公爵が口を開く前に、国王が低い声で問いかけた。
「ご招待を頂きましたので、参上いたしました」
「馬鹿な……招待など形だけだと分かっていたであろうに」
「そうですよ。陛下の温情を無碍になさるとは、どういうおつもりなのですか?」
横からクレイトン宰相が言い添える。その顔立ちはどことなく息子のオズワルドと似通っているように思われた。
「そのことですが、もう温情をかけていただく必要がなくなりました。今ここで全てを明らかにしていただきたく存じます」
「貴様……気でも違ったのか?」
「いたって正気でございます」
「ガーランド公爵、落ち着いて、あちらにおられるユージィン殿下のためにも、もう一度よくお考えになって下さい」
「私なら構いません」
そこでユージィンが声をあげた。
「父上、クレイトン宰相、今ここで全てを明らかにいたしましょう。――それとも君が言うか? クレイトン。母上の罪と、その確たる証拠というやつを王宮舞踏会で明らかにするという約束だったな」
ユージィンの言葉に、人々の視線がオズワルド・クレイトンへと集中する。
オズワルドは若干戸惑った様子を見せたものの、すぐに気を取り直したように「畏まりました。大ごとにしたくはなかったのですが、こうなっては仕方ありません」と不敵に笑って見せた。
そして会場内の貴族たちに向かって、声を張り上げて語り始めた。
「皆さま、今を去ること十五年前、アンジェラ様のご葬儀の混乱に乗じて、忌まわしい事件が起こったことを覚えておいででしょう。そう、我らの光であるリリアナ殿下が乳母の手によって連れ去られたのです。乳母がなぜそんなおぞましい所業に手を染めたのか、なぜ誰にも見咎められることなく殿下を攫うことができたのか、当時は誰にも分かりませんでした。しかしそれから二年のちに、有力な手掛かりが得られたのです。そうですね、エヴァンズ侯爵」
呼びかけられたエヴァンズ侯爵は「こんなところで話すようなことではないのだが」と苦り切った表情でうなずいた。
「近衛騎士の一人が流行り病で亡くなる前に、自分の罪を打ち明けたのです。『リリアナ殿下が誘拐された当日、乳母が布の塊のようなものを抱えて隠し通路から出てくるところを目撃した』と」
エヴァンズ侯爵が語ったところによれば、騎士は相手が顔見知りの乳母だったことから、「国王の命を受けて隠密行動をしているのだろう」と考えて、そのまま見過ごしてしまったという。直後に誘拐事件が発覚したことで、抱えていたのが王女であることに思い至ったものの、責任を問われることが恐ろしくて、二年もの間ずっと口をつぐんでいたというのである。
「皆さま、これでもうお分かりになったことと思います」
オズワルドが楽し気な笑みを浮かべて会場内を見回した。
「乳母が見咎められずに行動できたのは、隠し通路を使っていたからでした。しかし皆さまご存じの通り、王宮の隠し通路はアーティファクトによって封じられており、封印を解く呪文は歴代の国王陛下、王太子殿下、そしてそれぞれの妃のみに伝えられると定められております。すなわち十五年前、乳母に呪文を教えることができたのは国王陛下と王太后様、そしてヴェロニカ王妃様、そのお三方のみなのです。王太后様は当時すでに認知機能に障害がおありで、到底そんな命令を下せる状態ではございませんでした。そしてもちろん国王陛下であるわけがありません。残るはヴェロニカ王妃様ただおひとり。王妃様がどういう意図でリリアナ殿下を誘拐させたのか、今ここで推測を述べるのは差し控えたいと思いますが――」
オズワルドはそう言いながら、わざとらしくユージィンに視線を向けた。
「――とにかくこれが、これこそが、ガーランド公爵家が十三年に渡って謹慎し、王妃様が離宮で過ごしておられる真の理由なのですよ」
オズワルドは勝ち誇ったように言い切った。
すなわちこれが王宮庭園で言っていた「確たる証拠」というやつなのだろう。
ヴェロニカ王妃には機会があり、動機があった。だからヴェロニカ王妃が犯人で間違いない、と通常ならば考えるところである。実際、周囲の貴族たちからも「やっぱりユージィン殿下を国王にするために?」「なんとあさましい」「それを幽閉で済ましていいのか?」などと囁きかわす声が聞こえてくる。
ざわめきを制するように、ユージィンの声が響き渡る。
「待てクレイトン、候補はもう一人いるだろう」
「はて、一体誰のことですか?」
「アンジェラ様だ。アンジェラ様が亡くなる前に乳母に呪文を教えて、自分が死んだらリリアナを王宮から連れ出すように命じていたのかもしれない」
「なにを……馬鹿な! 貴様、アンジェラを侮辱する気か!」
国王が激高した声を上げ、リリアナも「お兄様、それはあんまりだわ!」と悲壮な声を漏らす。
「失礼ですが、それはあまりに無茶な話です。アンジェラ様がそんなことをなさる理由がどこにあるというのですか。亡くなった方を冒涜するのはいくら殿下と言えど――」
「どんな理由があったのかは、命令を受けた乳母から直接聞いてみればいい」
「直接?」
ユージィンはそれには答えず、ただ一言「ラフロイ侯爵」と呼びかけた。
侯爵が心得顔にうなずいて、入り口に向けて合図をすると、ほどなくして二人の宮廷魔術師がベールを被った女を連行してきた。
「まさか、その女は……」
「私どものところに出頭してきたので確保いたしました」
ラフロイ侯爵は国王に対して一礼すると、おもむろに女のベールを取り去った。
「陛下、これなるは十五年前、リリアナ殿下をさらって失踪した乳母、ステラ・バーネットにございます」
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