90 我が家にとっての極秘事項です
王宮庭園でオズワルドと遭遇してから三日後。クローディアはラングレー伯爵邸のサロンで昼食会を催した。参加者はユージィン、ルーシー、ライナス、エリザベスといういつものメンバーである。
ユージィン以外の三人にとっては急な招待であったものの、三人とも「皆様にお会いできるのは嬉しいです」「ちょうど良かった。みんなに報告したいこともあったしな」「当主になったばかりで忙しいのだけど、まあクローディアさんがどうしてもって言うなら参加してあげるわ」と出席を快諾してくれた。
昼食会が始まってしばらくの間、席上ではいつも通りの和気あいあいとした会話が交わされた。
ルーシーは婚約者のイアン・トラヴィニオンと一緒に植物園に行ったり、演奏会に行ったりといった定番の婚約者デートを連日楽しんでいるらしい。ルーシーの希望で彼の弟の療養先にも足を運んだところ、傷の経過は大変良好で、もうすぐ稽古に復帰できると意気込んでいたとのことだった。
エリザベスの領地経営は今のところ順調で、今後新たな事業に乗り出すことも検討中だとか。
一方、ライナスはなんと諮問会議のメンバーであるスタンフィールド侯爵と親しくなったそうで、このままいけばユージィン支持を表明してくれるのも時間の問題だとのこと。なんでも先代アシュトン侯爵である彼の祖父が先代スタンフィールド侯爵と付き合いがあることから縁をつないでもらい、こまめに顔を合わせて説得を重ねた結果らしい。ライナス曰く「クローディア嬢からスタンフィールド侯爵家はまだ先代当主が実権を握っていると聞いていたから、そこから攻めてみたんだよ」とのことで、以前クローディアがレナード侯爵夫人とのお茶会で手に入れた各家の情報が役に立った形である。
クローディアとエリザベスが「ライナス様って地味にいい仕事しますわね」「ええ、地味なりに良くやったんじゃないかしら」と称賛すると、ライナスは「地味地味ってうるせぇよ」とぼやいていたが、ユージィンから「ありがとうライナス、君の堅実な仕事ぶりにはいつも助けられている」と感謝されると「いえ、これくらい当然のことですから」と照れながらも大変うれしそうだった。
これで諮問会議の十五家のうち、ユージィン陣営が攻略できていないのはガーランド公爵家、アデライド公爵家、リーンハルト公爵家、クレイトン侯爵家、エニスモア侯爵家の五家を残すのみとなった。
ちなみにアデライド公爵はこれまでリリアナ寄りだったが、先日の演習点をゼロにする措置によって若干溝ができているそうで、おそらくどちらにも与しないまま中立を貫くのではないかとのこと。
つまり本来ならユージィンに対する「圧倒的な支持」はほぼ確定と言っていい段階なのだが、そうすんなりとはいかないのは、王妃の一件があるからである。
食後の紅茶が供されてから、クローディアはユージィンと視線を交わし、給仕の者たちを退室させた。そして戸惑った様子の三人に対し、ユージィンが話を切り出した。
「実は皆に伝えなければならないことがある。――他でもない、私の母が幽閉されている理由についてだ」
ユージィンがオズワルドに聞かされた内容を淡々と語ったあと、「私としては冤罪であってほしいが、実際に罪を犯している可能性もある。私と行動を共にするリスクについて、改めて考えておいて欲しい」と締めくくった。
「水臭いことをおっしゃらないでください。俺はなにがあろうと一生殿下をお支えいたします」
「我がブラッドレーも、ユージィン殿下と運命を共にする覚悟ですわ」
「私もずっとユージィン殿下を支持いたします。それにイアン様もそんなことで揺らぐ方ではありません」
皆が口々に支持を表明すると、ユージィンは「ありがとう……私は良い仲間を持った」と顔をほころばせた。
「幸いまだ母が罪人だと確定しているわけではない。できれば王宮舞踏会の前に真実を明らかにしたいと思っている。その具体的なやり方についてだが――クローディア嬢、あとは君から話してくれ」
「畏まりました」
ユージィンに促され、クローディアは軽く咳払いしてから話を始めた。
「王妃様が関わっていないことを今から証明するのは、通常の方法では難しいでしょう。考えられる唯一の手段は、実行犯である乳母を見つけ出して、皆の前で真実を語らせることですわ」
「え、でも当時王家が血眼になっても見つからなかったんでしょ? 今から探したって見つかるとは思えないけど」
エリザベスが当然の指摘をすると、ライナスも「ああ、そもそも生きてるかどうかすら分からないしな」と同調した。
十年以上も前に失踪した乳母を今から見つけ出すのはまず不可能――確かに、それが普通の考え方だ。
しかし、である。
「そのことなのですが……これからお話しすることは我が家にとっての極秘事項ですので、絶対に口外しないと誓っていただけますか?」
クローディアが声をひそめて三人を見回すと、三人は怪訝な顔をしながらもうなずいた。
「では、皆さまを信用してお話ししますわね。実を言うと、我がラングレー伯爵家は独自の情報機関をもっておりまして、日々我が家のために様々な情報を収集しておりますの。で、そこがたまたま、『行方知れずの乳母がとある小さな村に隠れ住んでいる』という情報をつかんできたのです。ラングレー家としては王家に報告しようかさんざん悩んだわけですが、もし違っていたら大ごとですし、報告する過程で情報機関のことも明らかにしなければなりませんし、見つかった場所が公爵領なので、そこのご当主に嫌疑がかかったらうちと険悪になりかねませんし、それになんと言ってもリリアナ殿下はあの通り王家に戻ってお元気なわけですから、今更ことを荒立てることもあるまいということで、報告しないことにしたんです」
クローディアはそこまで一気にまくし立てると、三人の反応をうかがった。対する三人はそれぞれ複雑な表情を浮かべて、互いに視線を交わしている。
「冗談……じゃないのよね?」
ややあって、エリザベスが問いかけた。
「ええ、大真面目な話ですわ」
「私も最初聞いたときは驚いたが、クローディア嬢がここまで言うからには事実なのだと思う」
ユージィンが言い添える。
「あの、私も事実だと思います。クローディア様は嘘をつくような方ではありませんから」
「ありがとうございます、ルーシー様」
現在進行形で嘘をついている身としては心苦しい限りだが、その友情はありがたい。
「俺も信じる。それで、その情報機関ってのは、なにをどこまで……いや、聞いたら駄目なんだよな」
「ええ、なにも訊かないで下さいませ。ただ、これだけは申し上げておきますが、けして良からぬことを企んでいるわけではなく、あくまで自衛のための組織ですの。ほら、お金だけはある新興伯爵家って、やっぱり色々とありますのよ」
クローディアが悲しげに首を振って見せると、エリザベスが「ああ、妬まれて足を引っ張られたり、食い物にしようとする輩が近寄ってきたり、やっぱり色々あるわよね」と同情気味につぶやいた。
「私も信じることにするわ。それで、その乳母はどこの村にいるの? さっき公爵領って言ってたけど、まさか」
「ええ、そのまさかですわ」
クローディアは笑顔でうなずいた。
「ブラッドレー公爵領の山間にあるアーデン村に隠れ住んでいるそうですの!」
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