88 許しがたい不正義
「……説明しろ、クレイトン」
ユージィンが固い声で問いかけると、オズワルドは「畏まりました」と馬鹿丁寧に一礼してから語り始めた。
「まず大前提として申し上げますが、僕はリリアナ殿下の常識にとらわれないところを心より尊敬しておりまして、あの方こそ我が国の政治に風穴を開けて、新たな時代をもたらして下さる救世主だと信じております。その一方で、リリアナ殿下のそういう自由闊達なところを問題視する向きがあることも重々承知しております。ユージィン殿下もリリアナ殿下に対して常々おっしゃっていましたよね? 『王族としての自覚が足りない』『もっと王族らしくしろ』と。ユージィン殿下はそのような理由から、リリアナ殿下ではなくご自身が王座に就くべきだというお考えに至ったと推察いたしますが、当たっておりますでしょうか」
「邪神の眷属に対する軽率な振る舞いを『自由闊達』と呼ぶことには同意できないが、君がリリアナのそういうところを買っているというのなら、私はまさにそういうところが王に不適格だと思っているよ」
「やはりそうだったのですね。ユージィン殿下、僭越ながら申し上げますが……それはあまりに理不尽です」
「理不尽?」
「ええ、理不尽も理不尽です。リリアナ殿下がなぜ殿下のおっしゃる『王族らしさ』を身に付けなかったかといえば、それは幼いころに誘拐されて、市井でお育ちになったからにほかなりません。そしてなぜ市井でお育ちになったかと言えば……ユージィン殿下、貴方がいらしたからなのです」
「私が、いたから?」
「ええ、ここまで話せばもうお分かりでしょう? そうですよ。全てはユージィン殿下の御母上が、殿下を王太子にするためになさったことなのです!」
「……君はリリアナを誘拐したのは母上だと?」
ユージィンの言葉に、オズワルドは「殿下はなにもご存じなかったのですね」とどこか憐れむような声音で言った。
「ですが王妃様が北の離宮で過ごしておられることや、ガーランド公爵夫妻がずっと領地で謹慎していることについては疑問をお持ちだったのではありませんか? そうです、それが答えです。実行犯はリリアナ殿下の乳母ですが、その黒幕は王妃様なのです。ああ誤解無きように申し上げますが、僕は別に『御母上が罪人だからユージィン殿下は国王となる資格がない』などと主張するつもりはございません。王妃様がどんなおぞましい罪を犯そうと、ユージィン殿下はユージィン殿下ですから。むろん口さがない者はあれこれ言うかも知れませんが、僕はそれに与するつもりはございませんとも。……ただ問題は、王妃様が罪を犯した動機がユージィン殿下を王太子にするためであるという、その一点なのですよ」
オズワルドはにやにや笑いを浮かべながら言葉を続けた。
「王妃様はユージィン殿下を国王にしたくて王女誘拐という大罪を犯した。その結果としてリリアナ殿下は王族らしい振る舞いや考え方を身に付けずにお育ちになった。一方でユージィン殿下は王宮で唯一の王子として立派な教育をお受けになり、王族らしい王族へと成長なさった。そして我こそが次期国王に相応しいと宣言して王座に上ったとしたら、王妃様としてはまさにしてやったり、目論見通りということになりますよね? 王妃様はきっとこう思われることでしょう。『ああ、乳母に命じて王女を誘拐した甲斐があった!』『側妃の娘を市井に追いやった甲斐があった!』『法と女神の教えに背いて、大罪を犯して本当に良かった!』と。……これは僕からすると許しがたい不正義に思えるのですが、いかがでしょう。王妃様のなさったことを『正解』にしないために、このエイルズワース王国には正義が存在することを示すために、ユージィン殿下、貴方はけして王座についてはならないお方なのですよ」
少しの間、沈黙が続いた。
ややあって、ユージィンは淡々とした口調で「……確かに許しがたい不正義だと私も思う」と同意した。
「しかしそれでも、私は国王になるつもりだ。私は私の正しさのために国民を犠牲にするわけにはいかない」
「犠牲、とおっしゃいますか」
「そうだ。リリアナにはこの国は守れない」
「なるほど、ユージィン殿下のご懸念は承知いたしました。それでは、リリアナ殿下が女王として即位なさった暁には、ユージィン殿下には摂政になっていただくというのはいかがでしょうか」
「断る。互いに信頼関係がない状態でそんな役職に就いたところで、国政を混乱させるだけだ。そもそも私はまだ母が黒幕という話に納得していない。リリアナが誘拐されたのは十五年前、母が離宮に移ったのは十三年前。丸二年のずれがある。母が誘拐事件に関わっていたことが、今の今まで公表されていないのも不自然だ。そもそも君は、なぜその話を知っている」
「ずれがあるのは、王妃様が黒幕であるという確たる証拠が見つかったのが事件から二年後だったからです。公表されなかったのは王家の権威を守るためです。我が国は勇者アスランの子孫が統べる国として、諸外国からも一目置かれる存在です。その内部でこんな醜い争いがあると知られるのは好ましいことではありません。宰相である私の父や、捜査に関わった宮廷魔術師団長のラフロイ侯爵、騎士団長のエヴァンズ侯爵もこぞって非公表を主張したことで、まだお若い陛下が折れたと聞いております。そしてなぜ僕が知っているかといえば、陛下と父がそのことについて話しているのを偶然聞いてしまったからですね」
「偶然……今日のようにか」
ユージィンが皮肉な口調で問いかけると、オズワルドは「ええ、今日のように、偶然です」としゃあしゃあと言ってのけた。
「ちなみにその場で陛下に聞いてしまったとお伝えして謝罪したところ、リリアナ殿下の側近ならば仕方ないということでお許しいただいた次第です。さて、これでユージィン殿下の疑問には全てお答えしたつもりですが、ご納得いただけたでしょうか」
「……一応、辻褄は合っているが」
「ユージィン殿下、お気持ちはお察しいたしますが、王妃様が黒幕だという確たる証拠があるのです。あいにく今詳しいことを明かすわけにはまいりませんが、ガーランド公爵夫妻が文句も言わずに領地に謹慎していることからして、その信用性についてご推察いただければと存じます。ユージィン殿下があくまで王座に執着なさるなら、この国の正義のために、全てが公表されることになります。そうなればガーランド公爵家も殿下ご自身も、二度と人前に出られぬほどの恥辱を負うことになりかねません。今まで殿下を支持していた貴族もことごとく離反するでしょう。国民だってそっぽを向きます。殿下に待っているのは茨の道です」
「茨の道でも構わない。元より楽をするために王座を目指しているつもりはない」
「本当に良いのですか? ユージィン殿下のお気持ちを慮って控えておりましたが、そもそも乳母が行方知れずである以上、王妃様のご命令が誘拐であったかどうかさえ定かではないのです。王妃様はリリアナ殿下の殺害をお命じになったのかもしれません。リリアナ殿下が殺されずに済んだのは、乳母がリリアナ殿下の愛らしさに絆されただけかも知れないのです。いえ、むしろその可能性の方が高いのではないでしょうか。邪魔者を排除するにはそちらの方がよほど確実ですから。王妃様が我が子可愛さに、王女殺害をお命じになった、そんなおぞましいことが公になれば、世間の反応はいかばかりか――」
「ふふっ、必死ですわね、クレイトン様」
クローディアの笑い声に、オズワルドがぴくりと顔をひきつらせた。
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