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86 依り代となる三つの条件

 外から見た魔術塔は王宮に相応しい壮麗な建物だったが、中に入ると資料が納められた棚や魔道具が所狭しと並べられていて、まるでどこぞの研究所のような雑然とした雰囲気だ。

 ラフロイ侯爵に案内されて内部を進むと、宮廷魔術師やその助手たちが仕事の手を止めて「おお、貴方が噂のラングレー嬢ですか」「期待の新鋭に会えてうれしいよ」「早く一緒に仕事がしたいわね」などと言ってクローディアに挨拶してくれた。

 宮廷魔術師と言えばエリート中のエリートだが、なかなかどうして気さくな人間が多いようである。ちなみに今ここにいる魔術師は半数程度で、残る半数は王国中から寄せられた様々な問題に対処するために、全国を飛び回っているらしい。

 

 内部はいくつかのセクションに分かれており、魔獣の生態を調べてその被害や大量発生を抑止する方法を研究する部署や、古代遺跡から発掘されたアーティファクトの性能を調べる部署など、業務内容は多岐にわたっている。その中でも最も重要なのは邪神の復活に備える部署であるはずなのだが、ラフロイ侯爵によれば、あまり人気はないらしい。

 クローディアが「でも宮廷魔術師団はもともと邪神対策のために作られたんですよね?」と問いかけると、ラフロイ侯爵は「ああ、そのはずなんだがな」と苦笑いを浮かべた。

 ラフロイ侯爵によれば、発足当初は「二度と邪神を復活させないために!」という高い士気を誇っていたそうだが、七百年もの間平穏が保たれているせいで、かなり気のゆるみがあるらしい。表立って口にはしなくとも、「もはや邪神復活などありえない」と考えている者はけして少なくないようで、先日邪神の眷属が大暴れした件にしてみても、「所詮は単なる残滓に過ぎない」と捉える向きもあるんだとか。


「まあ実際、この部署がやっていることは地味だから、優秀な魔術師たちから敬遠されるのも分からんではない。他の部署が現実に起こる問題に対処しているのに比べ、ここの仕事は朝から晩まで、ただひたすら膨大な一次資料の読み込みだからな。邪神がいた当時の日記やら、手紙やら、聞き取り調査の記録やら……しかも大半はただの与太話だ。それでも中には重要なものが紛れているから、やらないわけにもいかなくてね。石の巨人の記述もこの中にあったから、君の話を理解することができたんだ。私としては、あのおぞましい時代をけして復活させないためにも、日ごろの努力を怠ってはならんと口を酸っぱくして言っているのだがね」


 ラフロイ侯爵の語ったところによれば、邪神はもともと地方で崇められてきた小さな精霊だったが、飢饉の際に人間の生贄をささげられたことで強大化し、やがて大陸全土を支配下におさめるに至ったという。光の女神は死後の救済を与える存在であるのに対して、邪神は生贄と引き換えに現世利益を与えることで人々の信仰を集め、急速に力を伸ばしていったらしい。

 その現世利益も当初は飢饉や自然災害の阻止といった穏健な内容だったのが、やがては邪神をあがめる教団幹部の欲望を満たすものへと変化していき、要求する生贄の人数も頻度も増していった。逆らう者は邪神の強大な力の前に屈服させられ、完全に手が付けられない状態だったということだ。


「教団は大陸全土から生贄を集めて定期的に邪神に捧げると共に、それとは別に魔力の高い子供を集めては光の女神に対する憎悪を刷り込んで依り代として育て上げたと言われている」

「憎悪、ですか」

「ああ。邪神の依り代となる条件だ。高い魔力、そして光の女神、あるいはその加護を受けた者に対する激しい憎悪」


 ラフロイ侯爵は痛まし気な口調で言った。


「邪神の依り代となった者は命をすり減らして三十年程度で寿命が尽きるので、その前にあらたな依り代が作られる。そんな風にして何百年もの間、支配は続いていったんだ。惨状を見かねた光の女神が、現世に介入しないという方針を変えて勇者アスランに加護を与えるまではね」

「だけど三十年ごとに都合よく依り代になれる子供が見つかるのでしょうか。依り代になれるほどの魔力量を持った子供が現れない場合はどうなるのですか?」

「当時の記録を見る限り、魔力量の問題で依り代が見つからなかったことはないようだ。魔力量が比較的少なかったために、大きな力を発揮できなかったことはあるようだが」

「そうなのですか……」


 邪神の依り代になるにはクローディアのような桁外れの魔力量が必要なのだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。

 そこでひとつの疑問が生じる。


「それなら、なぜ七百年もの間、邪神は復活しなかったのでしょう」


 ある程度以上高い魔力を持った人間が光の女神や王家の人間を激しく憎悪するという事態が、七百年もの間一度も起こらなかったとは考えられない。

 例えば原作のエリザベス――リリアナに叱責されたことで凋落し、跡取りの座を異母弟に奪われて修道院送りにされたエリザベス・ブラッドレーだって四大公爵家に相応しい魔力を有している。彼女が邪神に憑かれる可能性はなかったのだろうか。


「なかなか鋭いな。実を言うと、邪神の依り代となる条件はもう一つある」

「もう一つ? それは一体なんなのでしょう」

「あいにくだが、それについては教えられない。君はまだ正式なメンバーではないからな。とにかく、その条件を満たさないように努めるのが我々の仕事だ」


 しかし原作のクローディア・ラングレーは三つ目を満たし、邪神として顕現している。


「その……大丈夫なのでしょうか」

「そこは我々を信じてもらうしかないな」

「失礼なことを言ってすみません。……なんだか不安で」

「いや、君の年齢で邪神の脅威を真剣に考えているのは素晴らしいことだよ。ここだけの話だが、陛下御自身もアスラン王の偉業を王家の権威付け程度に考えておられる節もある。リリアナ殿下はあの通りだしな」


 ラフロイ侯爵はそう言ってため息をついた。

 ちなみに原作のリリアナは地下神殿に足を踏み入れたことをきっかけにして邪神の存在に興味を抱き、自分からあれこれ調べるようになる、そして数か月のち、邪神クローディアが顕現した暁には、得られた知識をもとにリーダーシップを発揮して、見事にこれを討ち果たす――というのが本来の展開のはずなのだが、この世界のリリアナにそんな様子はまるで見受けられない。

 もしかすると地下神殿の存在が公になったことで「私たちだけが知っている秘密の場所」ではなくなったために興が削がれてしまったのかもしれない。


「王族の方々は三つ目の条件をご存じなのですか?」

「国王陛下と王妃様はご存じだ。ユージィン殿下とリリアナ殿下はご存じない。いずれ正式に後継が決定されれば、決まった方に伝えられることになるだろう」

「つまりユージィン殿下が王太子と決まったら、殿下に伝えられるのですね」

「そういうことだ。私としては、ぜひあの方に国王になっていただきたいものだ。あの方は邪神の脅威をきちんと受け止めておられるようだ」

「私も同感です。……そのために、侯爵様に教えていただきたいことがあります」


 そうだ。なにはともあれ、重要なのはユージィンの立太子だ。

 クローディアはここに来たもう一つの目的を思い出した。


「私に教えて欲しいこと?」

「はい。王妃様が幽閉されている事情について、侯爵様はなにかご存じありませんか?」


 しばらくの間、沈黙が続いた。ラフロイ侯爵はなにも語らなかったがその表情がなによりも雄弁に物語っていた。


「……あいにくだが、その件についても君に教えられることはない」

「分かりました」


 思っていた通り、ラフロイ侯爵は知っている。

 公爵家出身の王妃が十年以上も幽閉されるような「なにか」を起こしたのなら、相応の取り調べを受けているはずだ。その際、真実のアーティファクトを管理している宮廷魔術師団が無関係でいられるはずがない。ヴェロニカ王妃は宮廷魔術師団によってアーティファクトを使った取り調べを受け、その結果として幽閉されたということだろう。

 彼女は罪人のように取り調べを受ける屈辱や忌避感からアーティファクトを光らせることができず、自らの潔白を証明できなかったのか。あるいは本当にそれだけの罪を犯したのか。仮に犯したのだとしたら、それは一体なんなのか。


「クローディア嬢、私はなにがあってもユージィン殿下を支持するつもりだ。君に言えることはそれだけだ」



 

 魔術塔の訪問を終えて外に出ると、クローディアは大きく伸びをした。

 がっかりしても仕方がない。真っ先にユージィンを支持しながら、彼になにも伝えていないことからしても、ラフロイ侯爵が守秘義務によって縛られていることは想定内だ。むしろ知ったうえでユージィンを支持していることを前向きにとらえるべきだろう。


(やっぱりガーランド公爵夫妻に直接当たるしかないってことよね。ユージィン殿下はその辺どう考えていらっしゃるのかしら)


 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。


「クローディア嬢、魔術塔に行っていたのか?」


 振り返ると、ちょうど今考えていた相手、ユージィン・エイルズワースが笑みを浮かべて立っていた。


お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
条件見ている感じ加護あるものを憎んでいるってとこに関しては、国王当てはまってるなぁ 3つめ次第かなぁ
邪神の依り代となる条件 ①高い魔力、 ②そして光の女神、あるいはその加護を受けた者に対する激しい憎悪 3つ目は黒髪とかそういう???
きたなあ。 さて、どういう追い込みをするのやら。
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