83 将来どうするつもりなんだ?(アレクサンダー視点)
モートンを見送ったあと、リリアナは「モートン先生、大丈夫かしら」「やっぱりなんだか元気がなかったし、先生のことが心配だわ」としきりに彼を案じていたが、アレクサンダーがオズワルドと二人がかりで「大丈夫ですよ。俺たちのモートン先生を信じましょう」「そうですよ、リリアナ殿下が先生を信じなくてどうするんですか」と励ましたことで、ようやくいつもの屈託のない笑みを浮かべてくれた。
「そうよね、私が先生を信じないと駄目よね!」
太陽のような笑顔はまぶしいほどで、アレクサンダーは胸が高鳴るのを覚えた。やはりリリアナはこうでなくては。
その後、リリアナは「今日はパパと約束があるから」と早々に帰宅したため、生徒会室にはアレクサンダーとオズワルドが残された。
二人きりになった途端、オズワルドが盛大にため息をついた。
「本っ当に甘いな、君は」
「なんのことだよ」
「決まってるだろ。さっきの家庭教師の一件だよ。君はなんですぐに反対しなかったんだ。僕が居なけりゃ、モートン先生はあのままリリアナ殿下の家庭教師に納まっていたところだぞ」
「それは……仕方ないだろう。俺もモートン先生にはなにかとお世話になってるし、リリアナ様も先生を頼りにしているようだし、そんな簡単に切り捨てていいのかって迷うのは当然じゃないか」
「そこが甘いって言ってるんだよ。リリアナ殿下はいずれ女王となるお方だぞ? あの方が変な醜聞にまみれることのないように、あの方の優しすぎる性格が仇となることのないように、我々が非情に徹してお守りしなきゃならないのに、君は覚悟がなさすぎるんだ」
「俺はお前ほどリリアナ様の即位にこだわっていないからな。別に女王にならなくても、リリアナ様が幸せであればそれでいいと思っている」
「それでいい、ね……」
オズワルドはふんと鼻で笑って見せた。
「まるっきり他人事だな。じゃあひとつ聞くが、もしリリアナ殿下が女王になれなかった場合、君は将来どうするつもりなんだ?」
「どうって……別にどうとでもなるだろう」
「ふうん、例えば文官とか?」
「ああ。それもひとつの選択肢だな」
「ははは、ユージィン殿下が国王となった宮廷で、文官になるつもりなのかい? 一生下っ端のままでこき使われるのが関の山だな。いや出世できないだけならまだいいよ。国王から露骨に毛嫌いされている文官なんて、同僚や直属の上司からよってたかっていびり抜かれて、退職にまで追い込まれるに決まっている」
「俺がリリアナ様と親しいからって、ユージィン殿下がそこまでするか?」
「馬鹿か君は。地下神殿の件があるからだよ」
オズワルドは呆れたように吐き捨てた。
「君がぺらぺらとラングレー嬢に喋った地下神殿の一件は、当然ユージィン殿下にも伝わっている。そして大いに問題視されているはずだ。ユージィン殿下はあの通り融通の利かない石頭だし、邪神の脅威を大真面目に考えているからな。あれに関わった人間が王宮で出世することを絶対に許さないだろう」
「え、でも……俺はあのとき止めたんだぞ? お前だって覚えてるだろう? 立ち入り禁止区域に入るのはやめましょうって。地下神殿にあるものに手を出したらなにが起こるか分かりませんって、毎回反対してたんだ。……それなのに、なんで俺がそんな目に」
「じゃあそれをユージィン殿下に言ってみろよ。その言い訳が通用すると思うなら、ユージィン殿下の前でそう弁明すればいい。できるのか? できないよな。ぐだぐだ言いながらも結局君は流されてたんだから。君が本気で身体を張って止めていたら、リリアナ殿下だって思いとどまったかもしれないのにな」
オズワルドに指摘され、アレクサンダーはぐっと言葉に詰まった。結局のところ、オズワルドの言う通りだったからである。
グループ内の常識人であるアレクサンダーはリリアナの無茶に毎回反対するものの、最後はいつも流されるのがお約束だった。邪神の地下神殿に関しては、いつもよりも強硬に反対したつもりだが、それでも最後は流された。
だってリリアナに嫌われたくなかった。
野暮な奴、つまらない奴だと思われたくなかった。
自由奔放なリリアナの隣にいる特権を、けして誰にも奪われたくなかった。
だから「ああもう、どうなっても知りませんよ!」とかなんとか言いながら、最後にはいつも折れていたのだ。
「分かったろ。ユージィン殿下がトップにいる限り、君に文官としての未来はない。騎士団にしたって同じことだ。あとはどこぞに婿入りするしかないわけだが……今さら君を婿として迎え入れる家があると思うか? いつもリリアナ殿下を優先し、婚約者をないがしろにし続けた挙句に婚約解消された君を。ああ、もちろん、表向きの解消理由はラングレー嬢の宮廷魔術師入りってことになってはいるが、実際の理由なんて誰でも知っていることだよ。そんな君を婿として迎え入れる女性がいるとすればただ一人、当のリリアナ殿下以外にはあり得ない。君だってなによりそれを望んでいるんじゃないのか?」
「……だったら、どうだっていうんだ?」
地上に降りた天使、リリアナ・エイルズワースの伴侶となること。長らく甘美な夢であり、ひそかな憧れだったそれを露骨な言葉で汚されたような不快感を覚えながら、アレクサンダーは言い返した。
「だから俺には王配を目指すより他にないって言いたいのか? リリアナ殿下が女王にならなければ、俺にはもうあとがないって? それはお前の勝手な思い込みだよ、オズワルド。確かに俺はリリアナ様と結ばれることに憧れがないわけじゃないが……それは別に王配になることとイコールじゃない」
「ああ、なるほど。つまり君は公爵か伯爵になったリリアナ殿下に婿入りすればいいって考えてるわけか。まあ確かに国王陛下はあの通りリリアナ殿下を溺愛していらっしゃるから、仮に殿下が女王になれなかった場合でも、殿下のために新たな公爵家を興すなり、王家が預かっている伯爵家を継がせるなりして下さるだろう。ただし、それはリリアナ殿下が君を――継ぐべき家を持たない男を選んだ場合の話だ。分かっているのか?」
「それは、もちろん分かっている」
「いや分かってない、分かってないよ。僕はね、リリアナ殿下が女王となるのなら、その隣にいるべき相手は自分ではないと思っている。リリアナ女王がそのカリスマでもって人々の信望を集め、僕が宰相として憎まれ役や汚れ仕事を引き受ける、というのが一番バランスがいいからね。王配は筆頭公爵家の血を引く君がふさわしいだろう。ついでにフィリップが騎士団長、ダミアンが公爵、モートン先生が宮廷魔術師辺りになってくれれば完璧だと思っていたが……まあそれはもういい。とにかくリリアナ殿下が女王になるのなら、僕はあくまで家臣としてお支えするつもりだ。……しかし、そうでないなら話は別だ」
オズワルドは挑戦的にアレクサンダーを見据えた。
「仮に殿下が女王にならないのなら、僕ももう遠慮はしない。僕は侯爵家の嫡男だ。王女殿下を妻として迎え入れるのになんの支障もない立場だよ。君みたいな甘ったれた男にあの方を譲るつもりは毛頭ない」
「なっ……、俺だって、お前みたいな陰険な奴にあの方を任せるつもりはない!」
それからしばらくの間、二人は無言でにらみ合った。アレクサンダーの中では激しい怒りが渦を巻いていた。
(オズワルドがリリアナ様を娶るだと? 冗談じゃない!)
学院長に「この方がリリアナ殿下よ。慣れるまで貴方が面倒を見て差し上げてね」と紹介されて以来ずっと、誰よりも彼女の近くにいた自負がある。リリアナは皆が大好きと言ってはいたが、それでもやはり一番最初に名前を呼ぶのは、いつだってアレクサンダーだった。そのリリアナが自分よりオズワルドを選ぶなんて、そんなこと絶対にありえない。
怒りを込めて睨みつけていると、ややあって、オズワルドがふっと表情を緩めた。
「――よそう。僕らがここで仲間割れしても仕方ない。今のは単なる架空の話だ。君があまりに寝惚けたことを言うものだから、自分の立場ってものを分かって欲しくなっただけだ」
「架空の話だと?」
「ああそうさ、架空の話だ。現実の話をすれば、リリアナ殿下は確実に女王になる。だから君は将来の王配として、リリアナ殿下を守ることに力を注いでほしいんだ」
「それはもちろんそのつもりだが……リリアナ殿下が女王になるのは確実なのか?」
「ああ。確実だ。ユージィン殿下が国王になることはあり得ない。なにしろ、僕には切り札がある」
オズワルドはそう言うと、いかにも楽し気に笑って見せた。
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