80 晩餐会と修了式
翌日。クローディアは予定通りレナード侯爵家が主催する晩餐会に出席した。
目当ての辺境伯は所用で遅れるとのことだったが、他の参加者も皆錚々たる顔触れで、国内の高位貴族のみならず、隣国の大使や著名な芸術家、新進気鋭の文筆家など、紹介されるほどにレナード侯爵家の付き合いの広さに圧倒されるばかりだった。
とはいえ、その中でも一番の注目株が他でもないクローディア・ラングレーだったようである。中央劇場の一件が複数の新聞に取り上げられたこともあってか、皆が興味津々にクローディアの話を聞きたがり、求められるままにドラゴンとの戦いについて披露すると、皆手をたたいて喜んだ。
またユージィンがパニックになりかけた観客を言葉一つで鎮めた場面については、皆「さすが王子殿下だ」と感心しきりの様子だったが、中でもタルボット侯爵が「それは素晴らしいですな」を連発し、「市井でも『王子様がドラゴンと戦うお芝居の最中に本物のドラゴンが暴れ出し、あわやというところで本物の王子様と仲間たちが颯爽と現れてことを収めてしまった』と評判になっているようですよ」と頬を紅潮させていたのが印象的だった。
ちなみに先日のお茶会でレナード夫人から得た情報によれば、タルボット侯爵は母親が革命から逃れて来た亡命貴族であることから、「民衆の支持」をなによりも重視しているそうで、「だからあの方はリリアナ殿下よりなのよ。市井育ちの王女様なら国民的人気が期待できると思ってらっしゃるみたいね」とのことだった。しかし中央劇場の一件でタルボット侯爵が考えを改めてくれたのだとしたら、実に喜ばしい限りである。
そういうわけで晩餐会は序盤から大いに盛り上がっていたわけだが、最高潮に達したのは、遅れて到着したトラヴィニオン辺境伯が、クローディアを一目見るなり「君は、あのときの」と驚きの声を上げたときだろう。
クローディアが「ええ、劇場の控室でお会いしましたわね」と笑顔で応じたところ、周囲から「え? それじゃ辺境伯様が探してらしたご令嬢ってラングレー様のことでしたの?」「トラヴィニオン様がおっしゃっていた『栗色の髪で薬師志望の可憐な令嬢』がラングレー嬢?」「そんな、まさか」「ひとつも合ってないじゃありませんの!」という声が上がったことからして、どうやら彼はずっとルーシーを探していたようである。どさくさに紛れてなにやら失礼な発言も聞こえたが、あえて気にしないことにした。
皆の誤解を解いたあとで、辺境伯本人が語ったところによれば、やはり彼はルーシーのことを忘れられずに探し回っていたらしい。しかし王立学院や王立大学、果ては市井の薬師の下で修業している女性まで捜索範囲を広げてもそれらしき令嬢が一向に見つからないため、「こうなったら劇場ごと買い取って当日のボックス席の予約名簿をしらみつぶしに当たろうかと思っていた」というのだから、なかなか豪快な話である。
世間的にはルーシーは「薬師志望の令嬢」ではなく、「騎士団長夫人になる予定の令嬢」なので、そこから齟齬が生じたのだろう。クローディアがルーシーの素性を伝えたところ、彼から大変感謝された。
客人全員がそろったということで、レナード侯爵が立ち上がって「我らがユージィン殿下の健康を祝って」乾杯し、レナード侯爵家が次期国王としてユージィンを支持すると正式に表明したことで、クローディアが晩餐会に出席した目的は完全に果たされたと言って良いだろう。
実際、辺境伯はようやく手に入れた情報をけして無駄にはしなかったらしく、晩餐会から二日後の修了日、クローディアはルーシーから「イアン・トラヴィニオン様と婚約することになりました」という報告を受けた。
「クローディア様はあの方が辺境伯様だってこと、一昨日からご存じだったんですよね? 私は何も知らなかったので、いきなり申し込まれて本当にびっくりしました」
修了式の会場となる大広間へ向かいながら、ルーシーはそう言って苦笑した。
「ええ、一昨日レナード夫人の晩餐会でお会いして、ルーシー様のことを聞かれましたもの。だから昨日ルーシー様にお伝えすることもできたんですけど、どうせならいきなり申し込まれた方がドラマティックかと思いましたの」
「ええ、それは確かに、ドラマティックでしたわ……」
そう言って頬を染めるルーシーは何とも言えず可愛らしい。
その後、大広間で合流したユージィンとライナスもルーシーの婚約を知って大いに祝福した。
またユージィンからも嬉しい報告があった。昨日公務でエヴァンズ侯爵と同席した折に、侯爵から「エヴァンズ侯爵家として、諮問会議でユージィン殿下を支持させていただきます」と約束されたというのである。
これでユージィン支持はアシュトン、ラフロイ、ヴァルデマー、キングスベリー、ブラッドレー、レナード、エヴァンズの七名となった。ここにタルボットやトラヴィニオンも加えることができれば諮問会議の十五名のうちの九名がユージィン支持となる。ユージィンの勝利条件である「諮問会議での圧倒的支持」まであと一歩といったところだろうか。
やがて定刻になり、修了式が始まった。クローディアは学院長ケイト・エニスモアのスピーチを右から左に聞き流しながら、嵐の夕暮れに前世の記憶を取り戻してから今日までのことを思い返した。
思えばひたすらアレクサンダーを追い回していたころと比べて、なんと濃密な数か月間だったことだろう。
疎遠だった父との和解を皮切りに、ルーシーと友人になったこと、ユージィンとの出会い、彼との再会とライナスとの出会い、校舎に大穴を空けたこと、義母と異母妹と家族になったこと、エリザベスとの出会いと演習グループへの勧誘、実践演習への下準備、救援信号、皆で力を合わせて石の巨人を倒したこと、宮廷魔術師の内定、アレクサンダーとの婚約解消、ユージィンにエスコートされて参加した舞踏会、皆で教えあった勉強会、中央劇場での竜退治――そして最後に、クローディアは先日のフィリップ・エヴァンズとの邂逅に思いをはせた。
クローディアからの忠告に、「もっともらしいこと言いやがって」とつぶやいて学院から立ち去ったフィリップ・エヴァンズ。彼があの後父親にどんな話をしたのか、あるいはしなかったのか、クローディアに知る術はない。
とはいえ、ヒントになりそうな事実は二つばかり存在していた。
一つ目は、エヴァンズ侯爵がユージィン支持を約束したこと。
そしてもう一つは、ハロルド・モートンの姿がこの大広間のどこにも見当たらないことである。
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