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78 白々しいにもほどがある

「まあ、素晴らしいですわルーシー様、おめでとうございます!」


 半ば予想していたことではあるが、やはり耳にするとほっとする。クローディアの祝福に、ルーシーもようやく喜びの笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。クローディア様。フィリップ様が大変なことになったのに、喜んでいいのかなって気はするんですけど……やっぱりすごく嬉しいです」

「エヴァンズ様のことは気にする必要ありませんわ、本人の自業自得ですもの。それにエヴァンズ侯爵は厳しいけど情の深い方ですから、ご子息の身の振り方については、ちゃんと考えておられるでしょうし」

「まあ、クローディア様はエヴァンズ侯爵とお知り合いなのですか?」

「え? いえ、その、全然知り合ってませんけど、前にそういう噂を聞いたんですの」


 クローディアは慌てて誤魔化すと、「ところでエヴァンズ様はどんな風に不正を働いたのでしょう。その辺りのことはお聞きになりまして?」と強引に話を切り替えた。


「エヴァンズ侯爵がおっしゃるには、フィリップ様は学院の印刷室からテスト問題と模範解答を盗み出して、それを丸暗記してテストに臨んだそうです」


 印刷室とは印刷用の魔道具が置いてある部屋で、テスト期間中は問題用紙等の保管場所となっている。


「だけどテスト期間中は施錠されているはずでしょう? 鍵はどこから……もしかして、モートン先生ですの?」

「はい。モートン先生から鍵を託されたんだとか」


 ルーシーがエヴァンズ侯爵から聞いた話によれば、フィリップ・エヴァンズは生徒会室に立ち寄った際に生徒会顧問であるハロルド・モートンと遭遇し、彼から「印刷室の鍵をかけ忘れたような気がするが、自分はこれから学院長のところに行かねばならないので、代わりに行って閉めてきて欲しい」と鍵を渡されて、つい魔が差してしまったとのことだった。

 エヴァンズ侯爵が退学手続きをする際に、その辺りの事情を説明したところ、モートンから「鍵を生徒に任せたのは軽率だった。彼は生徒会役員であり、騎士団長のご子息でもあることから、まさかそんなことはしないだろうと信用してしまった」と謝罪されたらしい。


「……なんというか、白々しいにもほどがありますわね」


 クローディアが吐き捨てると、ルーシーも「やっぱりクローディア様もそう思いますよね」と眉をひそめた。


「私も先生を疑ったりはしたくないのですが、モートン先生ってちょっと偏った方ですし、もしかしたら最初からそのつもりで鍵を渡したんじゃないかって勘繰りたくなってしまいます」

「絶対そうに決まってますわ。他の先生ならともかく、あのモートン先生ですもの」


 生徒会室で「どうしよう先生、俺、このままじゃ落第ですよ。もう生徒会にもいられなくなるし、リリアナ様を守ることだって……!」と泣きつくフィリップと、「やれやれ、君は本当に仕方ありませんね。そういえば今思い出したのですが、うっかり印刷室の鍵をかけ忘れてしまったかもしれません。私は学院長に呼ばれているので、君が代わりに閉めてきてくれませんか?」とかなんとかわざとらしい小芝居を打ちながら、鍵を手渡すモートンの姿が目に浮かぶようだった。


 実質的には不正の教唆。

 それでも万が一発覚した場合には、ちゃんと言い逃れできるような体裁を整えている辺り、実に姑息としか言いようがない。「まさか騎士団長のご子息がそんな真似をするとは思わなかった」というのは、エヴァンズ侯爵にとっても反論しづらい部分である。

 もやもやした気分のまま教室に戻ると、やがて定刻になり、一限目の魔法科担当教師であるハロルド・モートンが入室してきた。

 いつものように教壇に立ち、てきぱきとテスト解説を行うモートンは、普段となにも変わらないように感じられるが、実際のところはどうなのだろう。

 フィリップ・エヴァンズの不正に加担したことは故意ではなく過失ということになってはいるが、それでも大きな失点にはなったはずである。

 実戦演習で本部を放り出していたことについては多数の父兄から苦情が寄せられたそうだし、演習点を成績に加算しない措置についても同様だ。そろそろ彼も土俵際まで追い詰められている気はするのだが。



 

 その後の昼休み。いつもの四阿でルーシーの婚約解消が報告されると、案の定、皆から「おめでとう、良かったな」「夢に一歩近づいたな、おめでとう」「あんな屑と別れられてほんっとうに良かったわね! おめでとう!」と口々に祝福の言葉が送られた。

 皆フィリップの不正と廃嫡については驚きの声を上げ、モートンが鍵を渡した件に関しては、どう考えても故意であるとの見解で一致した。

 またフィリップ・エヴァンズの今後については、ユージィンも「エヴァンズ侯爵は厳しいが人情家だからな。悪いようにはしないだろう」とクローディアに同意したので、やはり侯爵はクローディアが原作で知っている通りの人物のようだ。

 ちなみにルーシーが語ったところによれば、エヴァンズ侯爵は息子の不始末に対して気の毒なくらいに恐縮していて、ルーシーに対しては「甥を養子にして跡取りに据えるつもりだが、良かったら改めてそちらと婚約しないか」と提案してきたそうである。しかしルーシーがその場で「今はそんなことを考えられないので」といって断ると、明らかにほっとした様子で、その後は慰謝料の話になったとのこと。


「甥御さんはまだ十歳だそうですし、エヴァンズ侯爵もお詫びの印として提案しただけだったみたいです。……あとで勝手なことを言うなって父に散々叱られましたけど」


 そう言って苦笑するルーシーは、なんだか以前より逞しくなったようである。さすがのアンダーソン伯爵も、「娘はああ言ってますけど、ぜひそちらと婚約を!」と言うほどの根性はなかったようだ。


「意にそわない婚約はきっぱり断ったらいいわよ。もし勘当されて屋敷を追い出されるようなことがあったら、私の屋敷に来てくれても構わないんだから。私が当主なんだし、誰にも文句は言わせないわ」

「エリザベス様、冗談抜きで格好いいですわ」

「なんか当主になることが確定してから絶好調だな、エリザベス」

「そうよ。やっと本来あるべき自分を手に入れたって感じだわ」


 その後はエリザベスが当主就任パーティで公爵家としてユージィン支持を表明することを宣言し、皆を招待するのでぜひ来てほしいと言ったことで、その場は大いに盛り上がった。




 放課後。クローディアはルーシーと連れ立って馬車置き場まで歩きながら、さりげない調子で問いかけた。


「ところでルーシー様、劇場でお会いした殿方のことを覚えていらっしゃいます?」

「え、はい、それはもちろん……」

「もし新たな婚約者として提案されたのがあの方だったら、ルーシー様はお受けしましたか?」


 ややあって、ルーシーは頬を赤く染めながらうなずいた。


「……正直言って、フィリップ様のことを聞いたとき、あの方のことを思い出しました。もう少しだけお会いするタイミングがずれていたらって。……だけど、これが運命だったのだと思います」


 ルーシーはそう言って寂し気に微笑んだ。互いに名前も知らない、もう二度と会うこともない相手だと諦めているのだろう。

 ちなみにクローディアの方はといえば、彼の名前も素性も家族構成もなんなら家宝のアーティファクトの性能まで把握しているのだが、それは今明かすことのできない情報である。

 ともあれ、ここはルーシーの意思を確認できれば十分だ。あとはレナード夫人の晩餐会でクローディアがめでたく彼と再会して、求められるままに「あのときの可憐な令嬢」の名前を伝えれば済む話。


「あの方とルーシー様はなんとなく縁があるような気がしますわ。『愛の輪舞』の二人のように運命的な再会を果たすんじゃないでしょうか」

「まさか、そんなこと……クローディア様ったら、からかわないでください」


 そんなことを話しながら歩いていた二人は、いきなり長身の男性が目の前に現れたことで、思わず悲鳴を上げそうになった。


「何故貴方がここに……」


 ルーシーが茫然と呟いた。

 そこにいたのは、本来ここにいるはずのない人物――すでに退学したはずのフィリップ・エヴァンズその人だった。

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― 新着の感想 ―
おまえのほうかよ!?
ビ、ビックリする程白々しい…щ(゜ロ゜щ)
フィリップ邪神化しそう…
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