73 試験結果
翌日。クローディアが到着したとき、試験結果が張り出された掲示板前には黒山の人だかりができていた。
緊張しながら確認すると、ユージィンが一位、ルーシーが二位、ライナスが三位、そして八位にクローディア・ラングレーの名前があった。
(やった、一桁!)
期待以上の躍進に、思わず会心の笑みが漏れる。
ちなみにアレクサンダーは四位。オズワルド・クレイトンはなんと七位に落ちていた。アレクサンダーは単にルーシーとライナスが上がった煽りを食っただけだとしても、オズワルドの落ち方は、まず間違いなくダミアンにかまけ過ぎていたのが原因だろう。
確認を終えて踵を返そうとしたところで、すぐ近くに見慣れた人物がいるのに気が付いた。
「お早うございます、ユージィン殿下」
クローディアが声をかけると、こちらに気づいたユージィンは「お早う、クローディア嬢」と顔をほころばせ、「……なんだか、久しぶりだな」と照れたように付け加えた。
「ええ、勉強会以来ですわね。首位おめでとうございます」
「ありがとう。君に教えてもらったおかげで、数学で失敗せずに済んだよ。クローディア嬢も八位おめでとう」
「ありがとうございます。次は首位を狙いますわ」
「はは、私も負けないよ」
顔を見合わせて、笑いあう。
ユージィンは首位を守り。赤点すれすれだったクローディアは八位に躍進。ルーシーは目標通り三位以内に入り、ライナスも「オズワルド・クレイトンに勝つ」という目標を余裕で達成している。判明した限りでは、この上なく満足のいく結果。
とはいえ、まだ手放しで喜べる状況にはない。
「……あとはエリザベス嬢だな」
「ええ、エリザベス様がどうなったかですわね」
隣の掲示板には最終学年の結果も張り出されているものの、掲示されるのは三十位までなので、見たところでエリザベスの成績は分からない。彼女の試験結果について知るには、昼休みまで待つ必要がある。
教室に戻ると、ルーシーがすでに席についていた。ユージィンのときと同様に互いの健闘を称えあい、重点的に教えてもらったところが出たとか、あのノートが役に立ったとか言いあっているうちに予鈴が鳴って、担当教師が入室してきた。
一時限目の冒頭では、それぞれに成績表が配られた。
クローディアが中身を確認したところ、古代語や歴史、薬学など、いずれも体感通りの結果である。少し苦戦した数学は、それでも満点を取れていた。魔法実践は思っていたより低かったものの、「採点がおかしい」とわざわざ抗議に行くほど低くはなく、実に絶妙な数字である。これはモートンとあの補助教師のせめぎあいの結果だろうか。
その後は例年通り、科目ごとに試験問題の解説が行われた。
数学はやはりいつもより難しかったようで、満点は一人だけだとのこと。さすがに名指しはしなかったが、誰もが薄々察しているのか、周囲からちらほらと視線を感じた。
領地経営学は解説も退屈で、来年から受けなくていいと思うとほっとする。
そして午前の授業を終えて、待ちに待った昼休み。クローディアはルーシーと連れ立っていつもの四阿へと赴いた。
到着すると、先に来ていたユージィンとライナスがそろってこちらに顔を向けた。
「エリザベス様はまだですの?」
クローディアが問いかけると、ライナスが「ああ、そろそろ来る頃だと思うんだが」とこわばった表情で返答した。なんだかんだ言って、彼も心配なのだろう。
その後は四人で試験の内容や結果について語り合ったものの、いつもの和気あいあいとした空気には程遠く、なんとはなしに重苦しい。誰もが同じことを考えているのは明らかだった。
エリザベスは一体どうだったのか。
じりじりしながら待っていると、ようやく見慣れた姿が木立の向こうから現れた。華やかな美貌に肉感的な体つき。そして特徴的な縦ロール。
「あら、みんな早いわね」
エリザベスはこちらに気が付くと、やけにのんびりした口調で言った。
「いや、お前が遅いんだろ。……それで、どうだった?」
「どうって、そんなの決まってるでしょ」
エリザベスはふんと鼻で笑って見せた。
「もちろん卒業できるわよ!」
エリザベスがそう口にした途端、その場から大歓声が沸き起こった。
「おめでとうございます! エリザベス様!」
「良かったな、おめでとう、エリザベス嬢!」
「もうはらはらしましたわ、おめでとうございます!」
「なんだよ、焦らすなよ、おめでとう!」
まるでいつかの焼き直しだが、前回と違っているのは、当のエリザベスが喜びにあふれている点である。「別に、こんなの大したことないわ、当然よ」と言わんばかりの不遜な態度だが、その奥の感情がまるで隠しきれていないのが、なんというか、微笑ましい。
「本当に良かったです。……でもエリザベス様が卒業したら寂しくなります」
「あらルーシーさんたら、そんなこと。いつでも私の屋敷に遊びに来たらいいじゃないの。私が当主を務める、私の屋敷に!」
「きゃあ、格好いいですわ、エリザベス様!」
「しかし、まだ引退した公爵もいるんじゃないのか?」
「引退したら南の領地に移って療養するそうです。なんか温泉が持病に効くらしいですわ、知りませんけど」
「そういえばダミアンはどうするんだよ。まさか追い出したりとか」
「しないわよ! 卒業までは今まで通り屋敷から学院に通って、卒業後のことは父が身の振り方を考えるんじゃないかしら。他家に婿入りするなり、文官として王宮に勤めるなり。うちが持っている男爵位を譲ってやれというなら、それくらい許容できなくもないし。……。さすがに領主補佐として屋敷に残せと言われたら断るけど、ダミアンの方もそんなことは嫌がるでしょ」
ひとしきり盛り上がったあと、ルーシーが今回の打ち上げも兼ねて、明日みんなで出かけないかと提案し、満場一致で可決された。なんでも親戚からもらった芝居のチケットがあるらしく、「ボックス席ですから五人で一緒に見られます。人気小説を舞台化したもので、新聞の演劇欄でも面白いって評判なんです」とのこと。
「まあ、それって『愛の輪舞』でしょう? 私も見たいって思ってましたの!」
「なんだかずいぶんと甘い題名ね。原作は恋愛小説なの?」
「恋愛小説ですけど、とにかく素敵な作品なんです。ねえクローディア様」
「ええ、ヒロインが健気だし、なんといっても王子様がすごく格好いいんですのよ」
「そうか、王子が格好いいのか……。それは私も見てみたいな」
「ぜひご覧になって下さい。演劇欄でも『王子が五人の義母と死闘を繰り広げる場面が迫力満点だ』って絶賛されていたのです」
「五人の義母と死闘……それは俺も見てみたいわ、マジで」
観劇のあとは劇場に併設されたカフェにも寄ろうとか、ついでにあの店にも行こうとか、皆で楽しく明日の計画を練りながら、クローディアはふと、フィリップ・エヴァンズのことを思い出した。
エリザベスの留年騒動もめでたく一件落着し、クローディアをはじめ他のメンバーもそれぞれ目標を達成し、まさに大団円という状況の中、唯一気がかりなのはフィリップ・エヴァンズの試験結果に他ならない。
試験で挽回しないとまずいとルーシーに泣きついていたフィリップ・エヴァンズは、予想通り落第が決定したのだろうか。まさか奇跡の大逆転が起きたりしていないだろうか。
クローディアとしては大変気になるところだが、まさか本人のところへ「落ちました?」と訊きに行くわけにもいかないだろう。
(……まあいいわ。仮に落第で廃嫡されたら、ルーシー様にすぐ伝わるだろうし、仮に廃嫡されなかったとしても、進級自体は夏季休暇が明けたら自然と分かることだもの)
クローディアはそんな風に考えて、頭の中からフィリップのことを追い出した。
ところがフィリップ・エヴァンズの試験結果は、後日、思いもよらない形でクローディアの知るところとなった。
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