69 レナード侯爵夫人の思惑
帰宅後はいつも妹ソフィアと愛犬ジャックの出迎えを受けて一日の疲れを癒すのがクローディアの日課だが、今日現れたのはなぜかジャックだけだった。
ジャックは「今日はボク一人で頑張らなきゃ!」という使命感に駆られているのか、いつも以上の熱烈な歓待ぶりではあったものの、やはり寂しさは否めない。
ジャックを撫でながら屋敷内に入ると、義母ヘレンが「おかえりなさいませ、クローディア様」と笑顔で声をかけてきた。
「ただいま戻りました、お義母様。あの、ソフィアはどうしているのですか?」
「あの子ったら遊び疲れたみたいで、今はお昼寝中なのです。今日訪問したお宅のお庭に迷路があったので、お友達と一緒にはしゃぎまわっていましたから」
「まあ、そうでしたの」
そういうことなら仕方がない。ソフィアは早くも姉離れの時期なのだろうかと寂しく思っていたのでほっとした。
最近のソフィアはあちこちのお茶会に義母と共に参加して、同年代の子供たちと交流している。見た目が愛らしい上に社交的なソフィアは男女を問わず人気者のようで、あちこちの家から「ぜひソフィア様もご一緒にいらしてください」「うちの娘がまたソフィア様と遊びたいと駄々をこねて困っていますのよ」などと声をかけられているらしい。
姉としては「そうでしょう、うちの妹は可愛いでしょう」と自慢したいところだが、数か月前まで別館に放置していたことを思うと、あまり言えるような立場でもない。
「ところでお義母様、申し訳ありませんが、やっぱり週末のお茶会には出席できそうにありませんわ。試験期間中は友人たちと勉強会をすることになってしまいましたの」
せっかくの機会を逃すのは残念だが、今はエリザベスの卒業が最優先だ。義母と付き合いがある以上、レナード夫人とはいずれまた同席する機会もあるだろう――などと思いながら、「レナード侯爵夫人にはお義母様からよろしくお伝えください」と頭を下げたクローディアに対し、義母ヘレンは意外な言葉を口にした。
「そのことなんですけど、レナード夫人にクローディア様は参加できるかどうか分からないとお伝えしたら、それじゃ試験期間が明けたときに改めてクローディア様と交流する席を設けてほしいと頼まれてしまいましたの。まだお返事はこれからなんですけど、どうお答えしたらよいでしょう」
「まあ、レナード夫人が、私と個人的に会いたいとおっしゃっているんですの?」
「ええ、ぜひクローディア様とお近づきになりたいとおっしゃっていましたわ。なんでも演習で巨人を倒したときのお話を直接お聞きになりたいんだとか。それに宮廷魔術師就任についてもご興味がおありだそうですわ」
「そうなのですか、巨人退治と、宮廷魔術師にご興味がおありなのですね」
クローディアはそう口にしたものの、内心は違和感でいっぱいだった。
(どう考えても、ただの口実よねぇ、それ)
確かに巨人騒動の直後には、クローディア本人の口から武勇伝を聞きたがる貴婦人たちはけして少なくなかったし、クローディアとしても義母の顔を立てるために、せっせとお茶会に参加してはくだんの話を披露していた。とはいえ、あれはすでに二か月以上も前の話だ。
レナード侯爵夫人は長らく社交界の女王として君臨してきた人物であり、王都のあらゆる方面に伝手を持っていることで有名だ。その気になれば事件直後に義母ヘレンか父ウィリアムとコンタクトを取り、クローディアと面会する機会を設けることなど造作もなかったはずである。
当時はなんの音沙汰もなかったのに、今頃になって興味津々だなんて、いくらなんでも不自然すぎる。
宮廷魔術師にしてみても、レナード侯爵夫人ともなれば、数多いる友人知人の中に現職の宮廷魔術師の一人や二人いるだろう。なにもまだ学生で内定しているだけのクローディアから話を聞くことなどないのである。
クローディアは少し思考を巡らせたのち、ひとつの答えを思いついた。
「……レナード侯爵家って、確かソフィアと同年代のご子息がいらっしゃいましたよね」
「ええ、三男のセオドア様のことですわね。ソフィアと一緒に別のお宅を訪問したときに一度お会いしたことがありますわ。ソフィアとはとても気が合うみたいで、レナード夫人もセオドアがこんなにはしゃぐのは珍しいって驚いていらっしゃいました」
ソフィアと同年代の、ソフィアと相性の良い息子を持つ夫人が、ソフィアの異母姉であるクローディアと個人的に会いたがる理由。
「分かりましたわ、お義母様。私もぜひお会いしたいと思っているとお伝えください」
そして日時と場所についてクローディアの希望を伝えたところで、目覚めたソフィアが「お姉様!」と階段を駆け下りてきたので、レナード夫人の一件は、いったん脇へと追いやられた。
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