64 あさましいですよ
「試験とは直接関係ありませんが、今学期の成績評価についてひとつ発表があります。例年、魔法実践演習の上位入賞者は順位に応じて加点されることになっていましたが、今回は皆さんも知っての通り、演習に混乱が生じています。巨人と遭遇して魔獣狩りを続けられなかった者、遠く離れた場所で影響を受けずに魔獣狩りを続けていた者、両者が混在している状況で、順位をつけて成績に反映させるのはあまりに公平性を欠いています。そこで学院長と話し合った結果、今回は実践演習による加点を行わないことを決定しました。加点を期待していた皆さんは残念に思うかもしれませんが、その分試験で挽回できるように頑張りましょう」
モートンの言葉に教室中がどよめく中、クローディアはぴんと右手を上げた。
「先生、質問してよろしいでしょうか」
「なんですか? ラングレー嬢」
「おかしくありませんか? 先生もご存じの通り、私たちのグループは下級生たちの救援に駆け付けた後はずっと巨人にかかりきりで、魔獣狩りをしていません。つまり『巨人の影響を受けた側』です。そのうえで優勝を果たしたというのに、これが認められないというのは到底納得できません」
「『影響を受けた側』と言いますが、影響は一律ではありません。君たちが救援信号を目にするより前から、魔獣の森のあちこちで生徒たちが襲われていたんです。もし巨人の存在がなかったら、彼らの方が君たちより上位だったかもしれません」
「それは十分か二十分程度の差ではありませんか?」
「その十分か二十分のタイムロスがなければ、彼らが君たちより多くの魔獣を狩れた可能性だってけしてゼロではないでしょう?」
「現実的な話とは思えませんが……それならば巨人の被害を受けた方たちに成績上なんらかの救済措置を設けたら良いのではないでしょうか」
「成績、成績と……さっきからあさましいですよ、ラングレー嬢」
モートンはやれやれとばかりにため息をついた。
「そもそも魔法実践演習はアスラン王が魔獣の群れを薙ぎ倒して邪神に挑んだという偉業をしのぶためのもので、誰が何頭狩ったとか、そんなことを競い合うためのものではないのです。慣例として成績に加点していましたが、しょせん副次的なものにすぎないのに、点数にばかりこだわるのは実にあさましいと言わざるを得ません」
「さすが実践演習の責任者であったモートン先生は、演習の意義をよくご存じですわね」
クローディアの言葉に、モートンの顔がさっと朱に染まった。「演習本部を放り出していたお前が演習の意義を説くのか」という皮肉は、ちゃんと伝わっているらしい。
「聞き分けのない……何を言おうとすでに決まったことです。それでは今日はこれで――」
「あの、待ってください」
教室を出ていこうとしたモートンを、ルーシーが呼び止めた。
「あの……私も、おかしいと思います」
「アンダーソン嬢、君らしくもない発言ですね。ラングレー嬢に感化でもされたのですか? 嘆かわしい」
「僕もおかしいと思います」
声を上げたのは同じクラスの伯爵令息だった。これまで特にクローディアたちと交流があったことのない人物だ。
「僕もラングレーさんたちほどではないけど、実践演習で七位に入って、当然加点されるものだと思っていたので……今になってゼロになると言われても、ちょっと理不尽に感じます」
「私もおかしいと思います。私たちは巨人の被害を受けた側ですけど、入賞した方々の加点を見送ってほしいなんて思っていませんし、ましてみんなのために戦って下さったグループの点数を取消してほしいなんて希望していません。……理由付けに使われても困ります」
別の子爵令嬢も声を上げ、その後も同調する声が次々と上がった。
教室内では「モートン先生はお気に入りの生徒会が加点ゼロだからって八つ当たりしてるんじゃないのか?」「ああ、あの人たち十位にも入れなかったもんな」などという声も聞こえて、なにやら剣呑な雰囲気だ。
「下らない……これ以上付き合っていられません。学院長の正式な決定です。加点されなかった分は、試験で頑張って取り戻せばよろしい。そのためにこうして試験前に発表したのです。演習のことは忘れて試験勉強を頑張りなさい」
モートンはそう言い捨てると、足早に教室を出て言った。言葉つきは勇ましいが、実質的な逃亡だ。
(……なにがやりたいのかしらね、あの陰険眼鏡は)
その後ろ姿を見送りながら、クローディアは思わず首をひねった。
魔法科担当教師ハロルド・モートンといえば、かつては魔法技術の高さや豊富な知識から、学院教師の中でも一目置かれる存在だった。彼がひと睨みしただけで、ほとんどの生徒たちは震え上がったものである。
しかしその権威はもはや見る影もない。
彼の評価はクローディアに結界を吹き飛ばされた時点で若干下降気味だったそうだが、巨人騒動で全く役に立たなかったことで暴落し、創立祭での不自然な言動で完全に崩壊したようである。いくら魔法の技が優れていても、肝心な時に役に立たない人間が敬意を払われないのは当然だ。
演習の一件に関しては、生徒の父兄から結構な数で抗議が寄せられているらしく、エニスモア学院長が庇っていなければ、とうに首になっていてもおかしくないと言われている。
ちなみに当然のことながら、モートンを庇う学院長自身にも「極秘任務」に関して生徒たちやその父兄から不信の眼差しが向けられている。
その状況でわざわざ生徒たちの反感を買うような真似をする意味が、正直よく分からない。
例年の実践演習による加点は一位から十位まで順位に応じて行われるため、影響を受ける生徒は三学年合わせて五十人近くに上るし、その中には演習点が進級のための命綱である者や、卒業後に文官や女官の道に進むために少しでも成績を上げたい者などが少なからず含まれている。今回の措置は彼ら全てを敵に回すことになるだろう。
一方でクローディアに関して言えば、演習による加点がなくても進級自体は可能だろうし、卒業後の進路はすでに決まっているため、今回の措置による影響は、実はそれほどないのである。
付け加えると、優勝自体が取り消されたわけではないので、ルーシーの進学のための「実績」作りの点でもこれといった支障はない。
理不尽に感じたので抗議はしたが、それだけだ。
(私への嫌がらせにしても、なんかずれてるのよね……。まあいいわ、あの男の考えることなんて分かりたくもないもの)
クローディアはそんな風に考えて、今回のことをさっさと頭から追い払った。
彼の――いや「彼ら」の真の目的を知ったのは、その日の昼休みのことだった。
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