62 諮問会議の貴族たち
創立祭から一か月もすると、王立学院は試験期間に突入する。クローディアたちにとっては学年末試験、エリザベスにとっては卒業試験だ。それが終われば楽しい夏季休暇がやってくる。
クローディアはこれまで赤点すれすれで、下手をすれば進級も危ぶまれる状況だったが、記憶を取り戻して以降は真面目に勉学に取り組んでいるため、今回はそれなりの好成績が期待できそうだ。
(実践演習の追加点があるから進級自体は余裕だけど、どうせなら上位に入りたいわね。いきなり十位以内は厳しくても、せめて二十位以内には)
クローディアがそんなことを考えながら教室に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「お早うクローディア嬢」
澄んだバリトンに振り返ると、白皙の美青年が微笑んでいる。
「お早うございます、ユージィン殿下」
クローディアも笑顔で挨拶を返すと、「キングスベリー侯爵領の視察はいかがでした?」と問いかけた。
「色々と収穫があったよ。話に聞いていた通りあそこの医療制度は大したものだ。私が王位に就いた暁には、いずれ王国全体に広げていけたらと思っている。もちろん地域ごとの特性もあるから、全て同様にというわけにはいかないだろうけどね。特に印象的だったのは――」
ユージィンはキングスベリー領で体験したことをあれこれ楽し気に披露した後、「――それで侯爵と二人で腹を割って話し合ったら、色々と共感しあえるところがあってね。歓迎の晩餐会で、王位継承では私を支持すると正式に表明してもらえたよ」と照れたように付け加えた。
「まあ、それは素晴らしいですわ! 諮問会議のメンバーとしては四人目ですわね」
「ああ、ようやく四人目だ」
ユージィンはそう言って感慨深げに目を細めた。
創立祭の後、ユージィンは王位を継ぐ意思を明らかにし、これまで控えていた公務にも積極的に参加するようになった。案の定、国王は「リリアナへの当てつけか」と渋い顔をしているそうだが、貴族たちからは概ね歓迎されているようだ。
国王の望む通り万事控えめにふるまったところで、国王がユージィンを認めることはない。ならばそちらはあきらめて、貴族たちの支持を得ることに注力するのが王座に至る近道だろう。中でも鍵を握るのが諮問会議に名を連ねる十五人の高位貴族である。
諮問会議とは四つの公爵家、九つの侯爵家、二つの辺境伯家の当主からなる合議体で、国王が国の重要事項、取り分け後継を決定するに当たって意見を述べる権限を持つ。といってもあくまで参考意見であり、法的拘束力はないのだが、会議の反対を押し切って即位した国王の治世は不安定なものになりやすいといわれている。
ゆえにユージィンが彼らの支持――それも過半数どころではない圧倒的な支持を得ることができれば、いくら国王がリリアナ後継を望んでも、さすがに躊躇せざるを得ない。それでもリリアナ自身が強く希望すれば国王も腹をくくって強行するかも知れないが、当のリリアナにそこまでの覚悟はおそらく、ない。
(「女王なんて柄じゃないけど、みんながそこまで言うならやってみるわね!」というのがリリアナのスタンスだものね。ユージィン殿下とは覚悟が違うわ)
クローディアは創立祭での言葉を思い返しながらうなずいた。
――エイルズワースの王位は私が継ぐ。そのためにはどんなことでもするつもりだ。
ユージィンが王座を目指す意思を明らかにしたことを受けて、ライナス・アシュトンの父親であるアシュトン侯爵と、宮廷魔術師団長にしてクローディアの未来の上司であるラフロイ侯爵は早々に支持を表明してくれた。続いて支持を表明したのはヴァルデマー辺境伯で、なんでも三男が巨人騒動で助けられたのを恩に感じてのことだという。
そして今回新たにキングスベリー侯爵が加わった、というわけだ。
国王に疎まれている王子に対し、率先して支持を表明するのはなかなか勇気のいることなので、一か月で四人というのは悪くない数字だと言える。いずれ支持が増えてくれば、日和見を決め込んでいる貴族たちも流れこんでくることだろう。
「私は今度の週末、義母の主催するお茶会でレナード侯爵夫人と同席することになりましたから、感触を探ってみますわね」
「それはありがたいが、試験期間と被っているのに、大丈夫なのか?」
「ちょっと顔を出すくらいならかえって気分転換になりますもの。まあ一応『出席できるかどうかは当日になるまで分からない』と義母に伝えてあります。義母も気が向いたら参加してくれればいいと言ってくれましたし。……だけどなるべくなら参加するつもりですわ。お力添えすると言ったからには、できるだけのことはしたいんですの」
「もう十分してくれているよ。ラフロイ侯爵が支持してくれたのは君の働きがあってこそだし、ヴァルデマー辺境伯の支持だって君の活躍が大きいんだから。……それになにより、君がそばで励ましてくれるだけで勇気が湧いてくるんだ」
ユージィンの真摯な眼差しからは、それが単なる口先の科白ではないことが伝わってくる。
とはいえその言葉に甘えて手をこまねいていれば、女王リリアナと王配アレクサンダーに仕える羽目にもなりかねない。
諮問会議の構成員は十五人。そのうちアレクサンダーの父親であるリーンハルト公爵、オズワルドの父親であるクレイトン侯爵、フィリップの父親であるエヴァンズ侯爵、リリアナを娘のように可愛がっている王立学院院長のエニスモア侯爵、この四人はおそらくリリアナ側だろう。
対するユージィン側は今回のキングスベリー侯爵を含めて同じく四人。残る七人のうちどれだけ取り込めるかが勝敗を決めることになる。
単なる勝利ではなく「圧勝」を狙うからには最低でも五人――いや、六人は欲しいところだ。
(ブラッドレー公爵家がさっさとエリザベス様に代替わりしてくれれば、とりあえず一人は確保できるんだけど、そっちはまだいつになるか分からないのよね……)
エリザベスの父親であるブラッドレー公爵は現時点では中立だ。心情的には最愛の息子ダミアンの庇護者たるリリアナに傾いているようだが、いずれエリザベスが公爵家を継ぐことがほぼ既定路線である以上、わざわざ不仲で知られるリリアナを推すのは公爵家の利益にならないし、なにより親族や寄り子の各家が猛反対するので、立場と親心の板挟みになっているのだろう――というのがエリザベスの見立てである。
エリザベスの語ったところによれば、巨人騒動以来、ブラッドレー家の親族や寄り子たちは完全にエリザベス後継支持で固まっており、持病を口実に執務に消極的な現当主よりはエリザベスの方がよほど良い当主になるのでは、という声すら上がっているそうだ。そこでエリザベスはその影響力を使って父ブラッドレー公爵に圧力をかけ、ユージィンを支持させるか、あるいはさっさと自分に家督を譲らせるかしてみせると息巻いているが、さてどうなるか。
いずれにしてもブラッドレーはエリザベスに任せて、クローディアは他家に関してできることを模索した方がいいだろう。
(試験も大事だけど、私の将来を考えると、こっちの方も大事なのよね。頑張らないと)
クローディアはユージィンと並んで歩きながら、己に気合を入れなおした。
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