60 王族として
慌てて礼をとる人々を、国王は片手で制した。
「ああ良い良い、皆楽にしてくれ。今日は単にリリアナの父兄として参加しただけだからな」
「もうパパったら、来なくていいって言ったのに!」
「だってパパの天使が初めて参加する舞踏会なんだぞ? どうしてもこの目に焼き付けておきたかったんだよ」
国王は目じりを下げて弁解したあと、「ところで、さっきなにか揉めてなかったかい?」と心配そうに問いかけた。
「ううん、なんでもないの。ただちょっと、その」
リリアナは困ったように微笑みながら、ちらとユージィンに目をやった。国王も釣られたようにユージィンに視線を向ける。
「……ユージィン、お前まさか、リリアナになにか言いがかりをつけていたのか?」
先ほどの「人の良さそうなおじさん」といった様子から一転、その眼差しは氷のように冷ややかだ。
(聞いてはいたけど、本当にあからさまなのね……)
――陛下がヴェロニカ様そっくりのユージィン殿下を毛嫌いなさっていることは半ば公然の秘密となっている。
父の言葉が蘇り、クローディアはいたたまれないような気持になった。
「とんでもありません。私はただ、リリアナは巨人退治の功労者であるクローディア嬢に対して感謝すべき立場だと釘を刺しただけです」
「感謝だと? それこそ言いがかりではないか! そこの女生徒が巨人退治に関わっていたからといって、なぜリリアナが感謝しなければならない? 巨人とリリアナに一体何の関係があるというのだ!」
底冷えのする声は、明らかに敵に対するそれだった。その態度も表情も、「己の大切な者を害する敵」を威圧し、少しでも傷つけたら容赦はしないと警告している。
しかし当のユージィンはそんな扱いにも慣れているのか、顔色一つ変えることなく、淡々とした口調で返答した。
「これは異なことを。父上もお聞き及びかと存じますが、あれは邪神の眷属です。で、あれば、その被害の拡大を防いだ功労者に対し、王族として感謝の意を示すのは当然のことではありませんか。ましてクローディア嬢はまだ学生の身なのですから」
王族としての感謝。
ユージィンの言葉に、国王は虚を突かれたように目を見開いた。
そう、客観的に見て、ユージィンはなにひとつ特別なことを口にしていない。事実、あれが邪神の眷属だと判明した時点で、ユージィンは「王族として」クローディアに感謝を伝えている。
――君が戦ってくれなければ、国中に多くの死者が出たはずだ。邪神の被害から民を守ってくれたことに対し、この国の王族として心から君に感謝する。
同じ対応を王族であるリリアナにも求めた、ただそれだけの話である。
「ああ……そうだな。うむ、確かにその通りだ」
ややあって、国王は気を取り直したように頷いた。そして軽く咳払いすると、クローディアの方に向き直った。
「そなた……クローディア・ラングレーといったな。実践演習での働き、まことに見事であった。国王として礼を言うぞ」
「私も王女としてお礼を言うわ、クローディアさん、ありがとう!」
「国王陛下、並びに王女殿下、身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」
国王とリリアナに対し、クローディアはしとやかにカーテシーをした。
そして和やかな雰囲気のうちに、一連の騒動は幕を閉じた――表向きは。





