59 ご許可を得てのご発言ですか?
「ああ、大丈夫よ、安心して、それを責めるつもりはないの」
リリアナは温かな微笑を浮かべて言った。
「そりゃ聞いたときはちょっとショックだったけど……でも宮廷魔術師になるって聞いて、なんだか感動しちゃったの。恋に破れてもそれを前向きなパワーに変えるって凄いと思う。それに恋を捨てて仕事に生きる女の子っていうのも格好いいなって、私もいつか失恋することがあったら、そういう生き方もいいなって思ったりして。……なんて、初恋もまだなんだけどね!」
てへっと照れ笑いをするリリアナに、アレクサンダーは若干顔を引きつらせ、モートンは「リリアナ殿下はまだまだお子様ですからね」と呆れたようにため息をついた。
「もう、ひどい、先生ったら!」
「リリアナ殿下、お褒めいただいたところ恐縮ですが、私は別に恋を捨てたわけではありませんわ」
クローディアは「捨てたのはリーンハルト様個人ですわ!」と心の中で付け加えた。
「え、そうなの?」
「はい。ご縁がありましたら、また別の殿方と結婚する未来もあるかと思います。ご期待に沿えなくて申し訳ございません。それでは私はこれで――」
「え、ちょっと待ってよクローディアさん」
「リリアナ、いい加減にしないか!」
そこでユージィンが叱責の声を上げた。
「さっきから聞いていれば、お前の発言はクローディア嬢に対してあまりにも無礼だ。彼女が誰と付き合うとか、付き合わないとか、赤の他人であるお前が口をはさむことじゃないだろう」
「そんな、私はただ、クローディアさんが素敵だなって」
「そもそもお前は、クローディア嬢がなぜ宮廷魔術師に選ばれたか知っているのか?」
「なぜって、巨人を退治した功績を買われたからでしょう?」
「そうだ。クローディア嬢は巨人退治の功労者だ。つまりお前は彼女に感謝すべき立場なんだぞ。それなのにお前の態度は、あまりにも礼を欠いている」
ユージィンの言葉に、リリアナの表情が凍り付いた。
「……え、やだ、お兄様ったらなに言っているの? クローディアさんが巨人を退治したからって、なんで私が感謝するの?」
「そんなこと決まっているだろう。お前は――」
「ユージィン殿下! お待ちください!」
そこにオズワルドが慌てた様子で割って入った。いつもの冷笑的な雰囲気から一転、その顔は緊張に引きつっている。
「なんだ?」
「恐れながらおうかがいいたします。それは、国王陛下のご許可を得てのご発言ですか?」
「妹の誤った行動を指摘するのに、父上の許可は必要ない」
「え、いえそれは……とにかく、とにかくお待ちください!」
オズワルドが必死な形相で押しとどめる一方、モートンは焦ったように生徒会メンバーを見回した。
「なんでユージィン殿下がご存じなんですか? もしかして、エヴァンズ君が誰かにしゃべったんですか?」
「え? いえ、俺じゃありませんよ!」
「それじゃブラッドレー君?」
「いえ、僕は誰にも」
「それじゃ……まさかリーンハルト君? リーンハルト君なんですか?」
「いえ、それは、その」
「君ともあろうものが、なぜそんな軽率な真似をしたんですか? 自分がなにをしたか分かっているんですか?」
「違うんです。俺はただ、クローディアにはめられて――」
慌てふためく彼らの姿に、クローディアは胸がすくような心地だった。しばらくその狼狽ぶりを堪能してやろうかとも思ったが、あまり騒ぎが大きくなるのもまずいだろう。
「リリアナ殿下、お取込み中のようですから、私はこれで失礼いたします」
「そ、そう……分かったわ」
「それでは皆様、参りましょう」
クローディアが傍らにいる仲間たちに声をかけると、ルーシーは「そうですね、参りましょう」と笑みを浮かべ、エリザベスも「そうね、あっちで軽食でもつまみましょ」とうなずいた。そしてユージィンは「そうだな。このまま待っていても無駄なようだ」と苦々し気な口調で言った。
「クローディア嬢、妹が礼儀知らずで本当に申し訳ない」
「別に気にしていませんわ」
そして今度こそ仲間と共にその場を去ろうとしたのだが――。
「これは一体なんの騒ぎだ」
威厳に満ちた声音に、クローディアたちは再び足を止めざるを得なかった。
人垣がさあっと割れて、その向こうから声の主が現れる。
鋭い眼光と威風堂々たる物腰。その端正な顔立ちは、どことなくユージィンに似通っている。そう、今ここにいるのは紛れもなく――。
「パパ!」
リリアナがぱあっと顔を輝かせる。
ここにいるのは紛れもなくマクシミリアン・エイルズワース――国王陛下その人であった。
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