56 国王の思惑と後継問題
数時間後。ラフロイ侯爵はアーティファクトに保存された証言を確認して「そうか。やっぱりリリアナ殿下か……」と苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「やっぱりって、予想がついてらしたのですか?」
「薄々な。実践演習の記録によれば、リリアナ殿下のグループは一角兎一匹しか仕留めていない。あれだけの実力派がそろっているのに、これはあまりに不自然だろう」
「確かに、そうですわね」
「……しかし、陛下は一体なにを考えていらっしゃるのだろうな。王家の権威を守るために事実を公表しないのは理解できる。勇者アスランの子孫が邪神の眷属を目覚めさせたなどと表ざたになったら、人心が動揺するし、諸外国からも不信の目で見られかねないからな。しかし我々宮廷魔術師団にすら知らせないのは理解しがたい。確かに邪神対策の最終責任者は陛下だが、いざというとき真っ先に戦うのは我々宮廷魔術師団だというのに」
「私の推測を述べてよろしいでしょうか」
「言ってみたまえ」
「陛下が宮廷魔術師団に伝えなかったのは、侯爵様が諮問会議の重鎮でいらっしゃるからではないでしょうか。陛下はリリアナ殿下を後継にとお考えのようですから、殿下の失態を侯爵様に知られたくなかったのかも知れません」
諮問会議とは公爵家、侯爵家、辺境伯家の当主からなる合議体であり、国王が国の重要事項、取り分け後継を決定するに当たって意見を述べる権限を持つ。
といってもあくまで参考意見であり、法的拘束力はないのだが、会議の反対を押し切って即位した国王の治世は不安定なものになりやすいといわれている。
ラフロイ侯爵家は身分的には公爵家に劣るものの、建国以来王家を支えてきた名門であり、またラフロイ侯爵個人も宮廷魔術師団長として長年実績を積んできた信用があるため、その影響力は小さくない。
リリアナを後継にしたい国王は、ラフロイ侯爵の支持を失う事態を避けるために、リリアナの失態を魔術師団にすら伝えないことにしたのだろう。言ってしまえば私情である。
「……とんでもない話だが、確かにそれが一番ありそうだな」
ラフロイ侯爵は深々とため息をついた。
「それで、リリアナ殿下は今どんなご様子なのだろう。心から反省しておられるように見えるかね?」
「あまり親しくないので詳しいことは分かりませんが、私の見る限りでは、いつも通りに楽しくお過ごしのようですわ」
彼らは相変わらず刺激的な学院生活を謳歌しているようだし、反省の色はまるで感じられない。
原作のタイトルに「くじけない!」とある通り、一度や二度の失敗ではめげないのがリリアナ王女の行動指針だ。作中でもリリアナのちょっとした思い付きから大騒動に発展したあとで、「少しは反省してくださいよ。下手をすれば死人が出てましたよ?」とぼやくアレクサンダーと、「結局誰も死ななかったんだからいいじゃない。済んだことでいつまでもくよくよしないのが人生楽しく生きるこつよ?」と片目をつぶるリリアナ、そして「ったく、リリアナ様にはかなわねぇな」とにやけるフィリップに、「それでこそわれらがリリアナ殿下だよ。あきらめろ、アレクサンダー」と苦笑するオズワルド、といったやり取りがコメディタッチで描写されていた。
実践演習での出来事も、彼らの間では「あのときはみんなで巨人から逃げ回って大変だったわね!」と笑いながら語り合うような、ちょっとした思い出の一つになっているのかもしれない。
「そうか……。陛下には申し訳ないが、正直言って、リリアナ殿下が女王に向いておられるとは思えんな。お人柄、能力共にユージィン殿下の方がよほど国王に相応しい」
「まあ、侯爵様もそう思われますか? 実は私も以前からそう思っていましたの!」
「ああ。ユージィン殿下なら、我々がお仕えするに足る立派な国王になるだろう……。しかしユージィン殿下ご自身には王座に就くご意思がおありなのだろうか」
ラフロイ侯爵の問いかけに、クローディアは答えることができなかった。
――クローディア嬢、私は物心ついたころから良き国王になるために努力してきたし、王位を望む気持ちは当然にある。しかし国王にはなりたい者ではなく、なるべき者、相応しい者がなるべきだ。そして私は――。
あのときユージィンはなにを言おうとしていたのか。
クローディアが答えを知ったのは、それから二日後のことだった。
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